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    洞察力を深めること

    2016.10.12 07:17|インスピレーション
    足

    諸々の人生の出来事を自分がどう受け止めるかという事が人生体験の核心である。実に様々な事が個人の身の上にも世界にも起きるがそれらは受け止め方次第で如何様にもなる。

     

    ある者にとっては重大な事に思えるがある者にとっては取るに足りない事に思える。魂が成長するに連れてものには動じなくなる。鍛えられるというのはそういう意味であり、物事を見通す目、つまり洞察力が深まるのである。それを身に付けることが地上人生の大きなテーマである。

    コメント

    No title

    大空さま

    「洞察力を身に付けることが地上人生の大きなテーマである」というのは、
    ちょっと違う角度からの切り口のようで、新鮮な気がいたします。

    いろいろな苦難を乗り越えて力をつけるのとはまたひとつ違って、
    物事の判断を間違えないようにすることの大切さでしょうか。

    難易度の高い目標ですが、前の「いのちの波動」にも同じことが書かれてあり、
    強く心に残り、やはり何度も読み返したのを思い出しました。

    難し過ぎますが魅力のあるテーマです。

    No title

    ラピス さん

    洞察力はやはり人生経験を重ねてようやく身に付くものだと思います。
    言葉を変えると洞察力の程度は自分の霊的意識の働きに比例すると思います。

    物事を見通すには霊的意識が欠かせないと思いますがそれが機能していることを知らずにいる人も多いと思います。

    真理の道はハードルが高いですね。ぼちぼち進みましょう。

    No title

    「洞察力」は確かにハードルの高いテーマですね。

    なかなか自分の器以上のことはできないものだと思います。

    日常生活の中でいろんなことが起き、些細なことに躓いたり、こだわったりしますが、ふと、これは霊的成長にとってはどうでもよいことだな、と思える視点がでてきたりします。

    そうわかっていても、まだこだわってしまう自分がいたり、でなかなか一直線にはいかないものだな、と思います。

    No title

    ゆきこさん

    私たちは自分の器以上の事は出来ませんね。その時点で出来ることをするしかありません。長く生きると自分の心の中にゴミが溜まってきます。水を張った器のようなものがあり表面に心のゴミがあちこちに動いてはどこかに引っかかるような感じといえば良いでしょうか?良い例えではないかもしれませんが。

    些細なことにこだわるのはそのゴミが悪さをしているのでしょう。潜在意識はすべての事を記憶しているので何かの拍子でそれが表面に出てくるのですね。もう忘れたはずなのに、思い出したくないのにということになります。人間の心の奥行は深いものですね。
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