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    霊界の意志

    2017.03.04 10:05|真理を求めて
    IMG_0006.jpg  

    夕方の犬の散歩に城山に出かけてみた。国民宿舎から見る夕日は絶品であり駐車場にはよくカメラを構えてシャッターチャンスを待っている人を見かける。城山の遊歩道の傍に浜松市から送られた舘山寺桜が植えられている。二十四の瞳の映画監督である木下恵介氏は浜松市の出身であり彼の生誕百年を記念して小豆島に送られたものである。

    景色を眺め咲き始めた桜を見ながら道を進むと昔から花見で知られた場所に出る。私が子供の頃から桜が沢山植えられていて夜桜見物に来たことを思い出す。そこは前回の記事で映画のロケが行われた場所として取り上げたところである。

    その場所でちょっと瞑想してみる。前回に高峰さんからのテレパシーを感じた場所なので今回も何かあるかもしれないと思ったのである。するといつもの額や手のひらの痺れ感(霊的エネルギーは痺れとして感じる)とともに脳裏のスクリーンに現れたのは先ほどの木下恵介監督の姿であった。そして直ちにメッセージが伝わって来た。以下のような口調に感じ取れたが高峰さんや壺井さんとはかなり違う。

    IMG_0004.jpg 
               舘山寺桜

    「二十四の瞳には霊界の意志が込められているんだよ。壺井さんの小説は実際は霊界の後押しで書かされたようなものなんだ。私は監督としてあの映画を監修し、役者は役者として自分たちの仕事をした。皆がそれぞれの役割を果たした結果、あの映画が出来たけど、それらの背後には霊界の力が働いていたというわけ。事実上の監修者は霊界だったということだけど、そっちの人は気が付かなかっただろうね。
    当時私はそういうことには全く気が付かなかったけど、こちらに来てみたらそれがわかった。二十四の瞳は戦争の悲惨さを訴え、二度と人間が戦争をしないようにとの霊界の願いが込められた映画なんだよ。一般に不朽の名作などと呼ばれているものは例外なく霊界の力が働いているんだ」。

    そして
    「映画監督なんて自分の考えを役者さんに押し付けるんだから独裁者なんだよね。私も監督時代はさんざん無理を言ってきたと思うよ」。

    今回は木下恵介監督登場となった。彼の言葉は今回のストーリーを総括するものであり霊界通信の目的と全容が露わになったような気がする。霊界側の意図を感じさせるものがある。それは最初に雛人形を見に行ったらある人に「こちらにも展示されていますよ」と言われて壺井栄文学館に入った時から始まったようであるがそれが無かったら文学館には入っていないだろう。そこから次々に扉が開かれていったようである。

    IMG_0005.jpg

    その二日後再び犬の散歩にその場所を訪れたがこの時は最初から何かあると感じていた。歩いていると次のメッセージが入ってきたのである。私は歩きながら受けることが多いがリラックスして力みが抜けているからだろう。それは高峰秀子さんであった。

    「私たちは地上の人生で思い入れのあった場所には時々戻ってきて当時を懐かしむことがあります。ここ城山は私にとって思い出の場所なのです。当時に比べてかなり変わりましたが以前の面影が残っています。私たちを思い出してくれる人がいるのはとても嬉しい事です。そこに愛を感じるからです。それから木下監督は気配りの出来る人でしたよ。私たちを色々と気遣ってくださいました。それからあなたはあまり体調がすぐれないようですが余生を楽しんで生きてください」。

    二十四の瞳には霊界の願いが反映されているという事は私もこれまで考えた事はなかった。殆どの人は壺井栄さん自身が反戦思想家だからその小説を書いたと思っている事だろう。壺井栄さんの反戦の思想が霊界側に伝わり大きな後押しが得られたからあの小説が出版されて世に知られるようになり、そのわずか2年後に映画化され一世を風靡することになったのだろう。あの映画を見て涙した人も多かったと思う。それは霊界の力が働いた結果であろう。

    二十四の瞳映画村 

    追記

    シルバーバーチの霊訓を読めば次の一節がある。ご存知の方も多いと思うが。

    「もしこれまでに霊界側の援助がなかったとしたら地上はもっとひどい事になっていたでしょう。霊界からの援助があったからこの程度で済んでいるのです」。

    二十四の瞳も霊界の地上への働きかけの一つであり作者や映画監督、俳優その他の人達はそれぞれが霊界の道具になったということになるのだろう。

    またこういうものもある。

    「我々は地上の惨状を決して手をこまねいて見ているわけではないのです」。

    地上世界が危機的な状況においては霊界側はそれを放置しておくのではなく何とか援助しようと考えている。守護霊が付いている人間が間違った方向に進もうとすると懸命にサインを出してそれを止めようとするのと同じである。一旦戦争が起きると止めるのは難しく、それまでの進歩がふいになり何十年もあるいはそれ以上も前に戻ってしまうからである。

    これまでに世界には何度も危機的な状況があった。キューバ危機は一つ間違えば米ソの核戦争になっていたかもしれず、そうなっていれば地球人類は壊滅的なダメージを蒙っていたであろう。それはギリギリのところで避けられ世界中が安堵したことを子供心に覚えている。それは霊界からの当事者への直接的な働きかけが成功した事例かもしれない。

    今は地上にとってかなり危機的状態ではないかと感じる。霊界の力を地上に流入させる為にはその通路となる人間が必要であり、もっともっと多くの質の高い霊媒が求められていると思う。霊媒は霊力の呼び水でありその能力の程度に応じて霊界の力を引き出すことが出来るからである。

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