04 | 2017/05 | 06
    - 1 2 3 4 5 6
    7 8 9 10 11 12 13
    14 15 16 17 18 19 20
    21 22 23 24 25 26 27
    28 29 30 31 - - -
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    現れては消えるもの

    2017.03.28 16:05|インスピレーション
    海坊主

    この世の出来事は永続性が無いのが特徴である。現れては消えるのであり、その事にこだわっている間もなく別のものが現れる。だから今のこの問題は何時まで続くのだろう等と案じる必要はない。一つ一つの出来事に対していちいち感情移入している暇はないのである。

    いつまでも一つの事を根に持ったり恨みに思ったりすることは無意味であり、それは自分で時間を止めているのと同じである。過去にしがみついていてはいけない。

    一つ一つの出来事をサラリと受け流す事が出来たら良い。実際に人は一つの問題に何時までもこだわっていることは出来ない。この世での自分の時間は限られているのであるから。

    コメント

    No title

    大空さん

    いつもありがとうございます。

    苦しみの出来事は霊的成長のためにありますよね。

    シルバーバーチの教えの中で「悲しみの甘受」はシルバーバーチらしい教えです。

    「苦しみを甘受」して、その苦しみを「サラリと受け流す」ことができるようになればその苦しみを乗り越えたことになり、もうあまりその苦しみは来ませんね。

    「苦しみを甘受」できず「サラリと受け流す」ことができないと何回もその苦しみがやってきます。

    乗り越えられない苦しみはないとの信念のもとどんな苦しみが来るかなど取り越し苦労せずに霊的楽天性をもって過ごしていきたいですね。

    No title

    コバチャン本舗 さん

    人生は回り灯籠のように次々と違う景色が現われるものですね。
    車窓の風景と言っても同じです。仏教では諸行無常という言葉で表現されています。

    その一つ一つに執着しすぎると苦しみを生むことになります。
    その時に人間的感情(煩悩)にどのくらい支配されているかということが受け取り方を左右するでしょう。

    高齢者で昔の事をくどくどと愚痴っている人を見かけます。
    そういう人は死後もしばらくの間、自分の執着心に悩むことでしょう。
    いさぎ良さがこの世、あの世を通じて大切な事でしょう。
    非公開コメント