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    素敵な時間

    2012.09.17 15:18|随筆集
    DSC_0326.jpg 

    私にとって他界した父や叔父や義父との触れ合いは素敵な時間である。幸いにも私には少しばかり彼らと触れ合うことのできる能力があるようで、それがこのブログやかつてのホームページを開く原動力になってきたようである。私にはそういう能力が与えられている反面、物欲や権勢欲などが極めて少なくこの物質の世界で何事かを成そうという野心に乏しい。

    誰でも何らかの集団に属していると思うが私の場合、次は自分がそこの会長とかリーダーの役目が回って来そうになると不思議に状況が変わりその役が回避される。避けられないからやるしかないと決意していても土壇場でクルリと状況が変わる。この春も自治会長の役が回ってくるのは自然の流れだろうと思っていたら自分が病気になってしまい、結局そうならなかった。

    そういう法則が働いているのだろうと思う。誰しもこれまでに築き上げてきた思いや行為というものによって人生のパターンが出来る。そのパターンと親和性のないものとはお互いが共鳴しないのだろう。

    この間NHKのクローズアップ現代で「お迎え」の話をしていた。番組では死に面した人の40%以上が霊界の親族のお迎えを見ていることが統計上分かったという。現状では結論としてそういう現象は脳内の生理現象ということで片付けられてしまうかもしれない。それ以上は踏み込めないだろう。それでもNHKがそういう特集を組んだことは意味があると思う。僅かずつ生命の実相についての知識が浸透しつつあるのだろう。

    ところで素敵な時間とは言葉で言い表わすことは難しい。死に面した人たちも実は私が感じているのと同じように素敵な時間を過ごしているのだろうと思う。もちろん個人差はあると思うが、総じて死後ある程度浄化が進んだ人たちは清浄でこの世の穢れというようなものを感じない。そういう人たちと対話が出来るという事は何と幸せなのだろうと思う。それは本当に私にとって素敵な時間なのである。

    追伸
    以前の「いのちの波動」には魂の対話を載せた「死後の世界」「葬式仏教」があります。興味のある方はご覧になってください。

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