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    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    真理に出会えた者は幸せ

    2019.04.28 09:33|インスピレーション

    霊的に目覚めた者は世間の無知の中にいる時は常にもどかしさと孤独感を感じるかもしれないが後では必ず喜びに浸れる時が来る。人知れず努力してきたことが報われる時が来る。


    葬儀の裏で

    今では慣れましたが私は葬儀に出席する度にジレンマを感じてきました。葬儀に出席するということは故人と何らかの繋がりがあることになります。旅立った人は自分がこれまでと変わらず元気でいることを知人や家族に知らせたいのですが誰も気づいてくれず、皆が悲しみの涙に暮れています。そこで多少霊感のある私に知らせてきます。私としては何とかしてそれを家族に伝えようと思うのですがそれは容易なことではありません。

     

    故人は大体がこれまで家族や友人が自分に対してしてくれた事を感謝しています。「これまでありがとう」彼らの思いはこのフレーズに凝縮されています。

    自分がしてきた仕事や事業の事も必ずしも後を継いで欲しいと思ってはいません。自分の出来る範囲でやってくれたら良いという人が多いです。喪主が最後に挨拶をする時に故人が横に立っている事もありますがもちろん誰も気付きません。

     

    それらの事をその場で悲しみの涙に暮れる家族に直接伝えたらどうなるでしょうか。家族はとても受け入れることが出来ないでしょう。しばらく時間をおいてさりげなく伝えるようにしますがそれも誰でもというわけではありません。親類など身近な関係以外の人に伝えるのは工夫が要ります。親類でさえ工夫が必要で故人が夢に出て来たことにしたりします。葬式の時に故人が横に立っていたなどという話が信用される事は考えにくいし気味悪がられるかもしれません。すでにあの人は最近頭がおかしくなったんじゃないのと思われていることでしょう。もうリタイアしているので今更どう思われようと構わないのですが。

     

    泣いている遺族や友人を横目に私は故人に対して今後の事は心配しないでそちらの生活を楽しんでくださいと思念を送る事にしています。皆が泣いているのにあいつはよく平気でいられるなと思われているかもしれませんがとにかく悲しくないのです。そのギャップは大きいです。とにかく死は試練の多いこの世の卒業式であり、霊的に見れば牢獄からの解放なのですがそれを理解できる人は極めて少数です。

     

    補足

    私が葬儀において故人の思念を感得するのは約半数くらいです。繋がりがなければ何かを伝えようとは思わないでしょう。それはこの世の人間関係と同じです。また半数位は意識が朦朧として何が起きているのかを理解できていないようです。お通夜の場では何も感じないことが多いですが本人は眠っているのではないでしょうか。葬儀に参加しなくても本人がメッセージを伝えてくることもありますが、すでに物質世界の束縛から自由になっていることの証明でしょう。

    コメント

    No title

    こんばんは。
    お久しぶりです。覚えていますでしょうか?
    いつも、いのちの波動の拝読、小豆島の風景の写真を楽しみにしてます。
    私など、ほんの僅かに霊的心理に触れただけなのですが、それでも回りの人の感覚とズレてしまい…、大空さんのように深く理解され、更に霊的感性も高い方にはかなり大変なのでしょうね。
    全く霊感のない私は頭で霊的心理を理解しているだけです…。が、
    看護師をしてても、生き死にに感情が動かずやや困ってます。
    親身に寄り添うことを演じてしまいます…。
    私に出来ることは、生きていらっしゃる患者さんの魂を尊重して、心を込めて看護することと、死にゆく人に「お疲れ様、この世は気にしなくて大丈夫みたいですよ。」と心の中で声をかけるくらいです。
    自分は娘を亡くしてあんなに酷く悲しんだのに、自分の事のように一緒に悲しんでくれた友達に救われたのに勝手ですね…。
    あれから、長女と家族ごっこをやり直す為に東京に来てます。
    力んでたので肩透かしをくらったようにスムーズで、長女の方からよくおしゃべりしてくれて、何不自由なく幸せな共同生活が出来ています。
    長女との関係を修復することに意気込んでいましたので、ほんとに肩透かし状態で…、願いも達成され、心を乱す事柄もなく、まだ48才の未熟者なのに、残りの人生どう生きようかなぁって戸惑ってしまう状態です。
    今は休息の時間なのでしょうか?
    自分のやるべき事が自然に見えてくるのでしょうか?
    まだまだ人生の途中でしょうから、今の穏やかな日々に感謝しています。




    No title

    さとみさん

    二年ぶりくらいでしょうか?
    あの頃は悩んでおられましたね。桜の季節でした。

    案ずるより産むが易しとという言葉通りですね。
    本当に人間は取り越し苦労の塊ですね。考える必要のないことをつい考えて
    しまうものです。一つ問題が解決するごとに人間は成長していくのでしょう。
    そのうち新たなものが見えてくるのではないでしょうか。

    医療現場は本当に霊的真理からは遠い場所ですが言われるように自分の心の中で話しかけてあげればいいのではないでしょうか。気にすることはないと思います。

    私の場合は他の人が霊的真理を理解しないという状況が当たり前になっているのでちょとくらいジレンマを感じてもすぐに消えていきます。耐性が出来ているのでしょうね。
    東京の生活を楽しんでください。
    非公開コメント