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    不安と信念

    2019.05.22 09:10|インスピレーション
    国境を越えて 2019


    不安の念を一掃しなければならない。不安を感じるのは物の見方を間違えているから。正しく見ていないからである。人は不安を感じると自分が不安定になり定まらなくなる。心の座標軸が動いてしまう。

    信念を持っていれば心がグラつかず従って不安の念にかられることは無い。自分の心が不安に駆られることはないかチェックしてみると良い。不安に駆られるようなら信念はまだ本物ではない。




    追記
    ここで言う信念とは霊的真理の理解度から来るものを意味します。理解が不十分だと何かの問題に直面したときに自分の心が揺れ動きます。

    コメント

    動機善なりや 私心なかりしか

    大空様 いつもありがとうございます。久しぶりに投稿させていただきます。

     タイトルは一代で一兆円企業を育てあげられた関西のK企業名誉会長の企業哲学の一旦です。I氏に比べると私など砂粒の一つでもありませんが、「私心なかりしか」はスピリチュアリズムを信じきる自分にとっても課題の重い教訓として毎日、反すうしています。

     「信念を持っていれば、心がぐらつくことはない」。その通り、と納得しつつ毎朝の
    血圧測定に臨めば、今朝のように15度と冷えておれば血圧はピンと反応して上がります。起きざまに守護霊様に朝のあいさつをしたのに、血圧測定では、もう肉主霊従になってしまっています。

     「私心なかりしか」なんて、私心のある証拠ではないのか、こんなありさまでは、と反省します。

     「私」とは、ホントはないのではないのか。「神の心をわが心としなさい」と言うなら、「私」と言うとき、そこには「エゴ」が絡んでいるのではないか。

     潮の満ち引きと同じように、行ったり来たりしている自分があります。「動機善なりや」と言っても、いずれは「善」にたどり着かねばならないのが人生修行ではないのか。
     
     などなど行ったり来たりの毎日です。
     夏近く、そうめんの季節になりました。ごま油を使っている小豆島名産の「島の光」
    を思い浮かべつつ長々とコメントいたしました。

     大空様のブログ更新に感謝を捧げながら…。              

    No title

    kuny さん

    お久しぶりです。お元気でしたか?

    言われる通り私たちの心は一日という単位で見ても行ったり来たりしています。
    予期せぬ出来事があると慌てます。この地上世界で肉体を持って生活している以上は避けられないと思います。如何に悟った者と言えども大した違いはないでしょう。

    人間はうねりを伴って上下動を繰り返しながら成長していくのでしょう。数年前に比べたら今は高い所にいるなということがわかるのだと思います。

    初夏ですね。素麺の美味しい季節も真近になりました。
    今は気候変動のサイクルにあるのでしょうか。kuny さんも十分にご自愛ください。

    No title

    こんにちわ、いつも楽しく?拝見しております。

    先日来からの肉体によって生じる悩みについてお尋ね致します。

    肉体が無い世界、ちょっと想像し難いですが、悩みのほとんどが肉体から生じているのですね。
    たるんだお腹をつまんで溜め息ついたり、あと5センチ足が長かったら人生変わってたかも、なんて次元ですが、まさに肉体に翻弄されています。

    五感で感じる事の全てが肉体から生じているとすれば、暑さ寒さ等の感触も、肉体が無ければ感じる事は無いのでしょうか?
    四季の変化なども、新芽の緑を見て初夏を感じるのは感触では無いですが、頬に当たった爽やかなそよ風は感じることは無いのでしょうか?

    あと、悲しみ等の悲観的な思いも感じなくなるのでしょうか?
    以前、絵本で読んだのですが、舞い降りた天使が、泣いてる人間の子供に寄り添い、私達は涙を流しません、なんて事を言ってる場面があった記憶です。
    ちょっと寂しいなと思いました。

    拙い質問ですが、どうか教えて下さい。

    No title

    guremi さん

    肉体のない世界、つまり霊界ではどのように感じられるのかという事でしょうか。

    これは私のこれまでに見た夢で説明するとすれば次のようになります。夢を見ている時には実際に霊界を体験していることが多いと仮定します。

    海や湖に入って泳いでも冷たさは全く感じません。体も濡れません。
    頬を撫でるそよ風は感じます。また人が立っている風景では足元の草が揺れています。
    銃で撃たれても少しも痛みを感じません。これまでに何度か銃で撃たれる夢を見たことがありますが痛くも痒くもありません。

    喜怒哀楽はこの世と同じようにあります。シルバーバーチの言葉の中に「私はイエスの涙を見た」というものがあることからも高級霊界においても喜怒哀楽があることになります。私自身、腹が立った夢を何度も見ました。

    よく登山の夢も見ますが少しも疲れることがありません。目まいの起きそうな急峻な山を平気で登ります。またスキーにおいてはダイナミックで山から山へ飛んで行きます。冒険スキーをさらに過激にしたような感じです。

    ヨットに乗った時には風を感じます。

    この世は五感の世界、霊界はその領域から離れた世界で制限が少ない所と言えばいいでしょうか。でも的確に表現できる言葉を探すのは難しいです。思念が直ちに具現化する世界と言えるでしょう。この世と同じように感じるものもあれば全く感じ方の違うものもあります。

    死後の世界は主観的なものと客観的なものが同居している世界。

    こんな表現が適切かどうかわかりませんが現時点ではそう感じています。







    No title

    いつもブログをありがとうございます。

    「不安に駆られるようなら信念はまだ本物ではない」
    戒めになる言葉です。すぐに不安が芽生えます。ブログを読むたびに軌道修正ができます。ありがとうございます。

    また、みなさんのコメントで学びが深くなります。
    「島の光」も知らなかったので今夏は食べてみたくなりました。

    この写真はとてもインパクトのあるものですね。これも小豆島にあるのでしょうか?
    それから、大空様がどのようにして霊的真理と出会ったのかもいつか聞いてみたいです。

    No title

    hana さん

    この写真は瀬戸内芸術祭の作品です。国境を越えてというテーマで3年前にも砂浜に多くの子供達の像が作られました。今回は一体のみですがそのうちに波に浸食されて消えていくでしょう。

    「島の光」は確かに美味しいです。真夏にはお勧めです。

    私は40代のころから丹波哲郎の霊界の本とか映画を見て興味を引かれていました。
    50代半ばから世の真実を知りたくなり仏教の世界を覗くようになりました。四国遍路も体験しました。歩き遍路(一部だけ歩きでした)をした後で山にも興味が湧いてきて北穂高岳に登りました。頂上に辿り着いたのですがそこで高山病に罹ってしまい苦しみました。吐き気と頭痛で眠れず夜通し「観音経」を唱え続けました。その頃の私は般若心経や観音経に傾注していて空で唱えることが出来たのです。

    翌朝何とか無事に下山して(観音経を唱えながら)次は西国巡礼をすることに決めました。無事に下山出来たので観音様への感謝を込めて。

    西国を廻り始めて暫らくするとそこの本尊(西国は全て観音様)の声が聞こえるようになりました。その一部は旧ページのインスピレーションのカテゴリーにも載せています。

    そうするうちに「シルバーバーチの霊訓」に出会う事になりました。
    そこにはそれまでにわからなかった事の答えが全て書かれていました。
    ついに本物に出会うことが出来たというわけです。

    振り返ってみればこれまで見事に導かれてきたことがよくわかります。
    それまでの体験は全て霊的真理に辿り着くための下地作りだったということがわかりました。いきなり霊的真理に出会うと比較対象の材料がないのでシルバーバーチの言葉の真の意味を理解するのが難しいかもしれません。

    私は今、人生で体験するもので何一つ無駄なものはないということを実感しています。



    No title

    大空さま

    霊的真理との出会いを早速丁寧に教えていただきましてどうもありがとうございました。
    本当に見事に導かれていらっしゃいますね。
    ここの読者の方々も、それぞれのタイミングで導かれたのでしょうね。必然だったのでしょうが不思議な気もいたします。

    旧いのちの波動のインスピレーション読み始めました。きれいなページですね。深い学びになりそうです。どうもありがとうございました。
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