FC2ブログ
    10 | 2019/11 | 12
    - - - - - 1 2
    3 4 5 6 7 8 9
    10 11 12 13 14 15 16
    17 18 19 20 21 22 23
    24 25 26 27 28 29 30
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    祝福の気持ちで

    2019.06.11 14:14|インスピレーション
    大部フェリー


    この世の生活では真の幸せを味わうことは出来ない。元来この世はそういう場所ではなく修業の場であるから。皆がそれぞれの荷物を背負って歩く所であり、死を持ってそれは終着駅となる。そしてそこから新しい生活が始まる。死はこの世の卒業式、地上人生の苦しみから解放してくれるもの。霊界での生活がそこからスタートするのである。故に周囲の者は祝福を持ってこの世の務めを終えた人を送り出してあげるべきである。


    コメント

    いつもありがとうございます。
    「真の幸せを味わうことができない」のなら、それでいいのかと思いちょっと楽になりました。
    常に、つまらない、楽しめないと悩み、感謝が足りないからだ、そもそも感謝はしなければならないという「〜ねばならない」ではないだろう。という感じで思考がぐるぐるしています。
    幸せは幸せなんでしょうけれど、実感がないのです。
    心の底から笑ってみたい今日この頃です。

    No title

    オキザリス さん

    よく観察すれば晴れと曇りや雨の日が交互に来ていると思います。
    心が晴れ晴れとした状態は決して長続きしません。ほんの数時間のこともあります。知らないうちに雲がかかってきて見通しが悪くなります。

    この世の人生は大体そういうものだと私は思っています。
    感動や喜びを感じるのはわずかの間ではないでしょうか。
    でもそういう時には思い切り楽しめばいいのです。

    我々は初めからそういう生活をすることを承知の上でこの地上世界に来ているのですが当時の決心は忘れてしまっているのです。

    この世はアップダウンを経験して成長する所、そういう場所ですから苦しみも楽しみもあるということで、その時々を精一杯生きればそれでいいのではないでしょうか。

    昨年秋に夫を突然死でなくしました。
    あまりに突然だったので、いろいろネットや本を探してこちらにたどり着きました。

    こちらのいろいろな教えを読ませていただいて、苦しむこともなく、恐怖を感じることもなく逝ってしまったことは、彼にとってはまるで、ご褒美のような逝き方だったのかとおもいます。

    さいごの瞬間まで、人生を楽しみ、充実した毎日を送ってきて、見事な生き方と逝き方を見せてくれました。

    ただ、本当に仲良く楽しく何時も一緒だったので、8ヶ月たっても、私が寂しくて色の無い毎日を送っています。

    彼が今は幸せなのだと考えられるようになって、それだけが救いです。

    No title

    カズ さん

    それは理想的なこの世の卒業の仕方ではないでしょうか。ご主人はカルマも少なく、そのくらいの年齢でこの世の務めを終えることを決めておられたのでしょう。霊的には祝福ですがこの世で残された大半の人はにわかにそういう気持ちにはなりにくいでしょう。霊的真理を多少学んでも自分の心は思うようにならないと思います。

    悲しんでいる人たちの大半は二度とその人に会えなくなった自分自身の身の上を嘆いているのです。それを本当に理解できるようになれば悲しむことはなくなるでしょう。

    私達は自分の心を思い通りに出来ないものです。肉体を持って生活している以上、制限がかかってしまうからです。

    これまでと同じようにご主人に話しかけてあげたらいいでしょう。口に出さなくてもカズさんの思いは確実に届きます。ご主人からも返事が来るはずですがそれを感知するのは容易ではないと思います。また夢の中でも会っているはずです。お互いに交流しているのにそれがなかなか顕在意識に上ってこないのです。

    ご主人との事はカズさんの人生において大切な教材ではないでしょうか。そんな気がします。

    No title

    いつもブログをありがとうございます。

    一つ降ろすとまた現れる荷物を、自分の愚かさからくるけがれであり汚点だと自己嫌悪に陥っていました。私の中の何か悪い部分が引き寄せるに違いないと劣等感の塊になっていた時期もありました。

    しかし、この世は荷物があって当たり前と考えるならば心が軽くなります。違った視点から荷物を眺めることができます。この世を卒業する時までにもう少し成長したいです。
    願わくば、大空さまのように人のお役に立ってから卒業したいものです。

    明後日、引っ越しをします。不安もありますが新しい生活がんばります。

    No title

    hana さん

    荷物とは自分の穢れではなくこの世で生きている限り付いてくるものです。
    少しも自己嫌悪に陥る必要はないと思います。

    雑木林に生えている木を見ると葛や蔦に一杯絡みつかれていますがそれと同じ事です。3月22日の記事、障害物との戦いはその現象を表現したものです。

    様々なものが絡みついてくるのがこの世の生活であってそれを避けられる人はどこにもいないでしょう。気楽にやりましょう!

    わずかでも人様のお役に立てているなら私にとっては身に余る喜びです。




    お返事、ご教示ありがとうございます。

    主人は先に進んでいるのに、私が今までの楽しかった二人での生活から前へ進めないのと、後ろばかり振り向いているので、哀しいのは私の感情だけなんですよね。

    亡くなった当初は何もわからなくて、主人がかわいそうでかわいそうでたまりませんでした。でも、本当はそうでないと気がついて、そうでないと信じたくて、信じられれば救われると、勉強しようと思っています。
    シルバーバーチの霊訓よりと毎日1項目づつ配信してもらってますが、今日の配信は
    きのうのためには生きてはいけませんという章でした。それこそこの投稿をして、おへんじをいただいたときにこの配信でしたので、
    特にこの部分はそれこそ何かあちらの世界から、主人からのアドバイスかと思ってしまいました。

    「うなだれてはいけません。

    後ろを振り向いてはいけません。

    前を見るのです。

    過去のページはすでにめくられ、二度と元には戻せないのです。

    常に新しいページをめくるのです。

    その日その日のために生き、昨日のために生きてはいけません。

    明日刈り取る収穫のタネを蒔くのは、今日なのです。」

    それでも、哀しくて、寂しくて涙がでますが、泣きながらも、前を向いていけばいつかがんばれたなと思える日がくるとおもいます。

    何度も投稿すいませんでした。
    ありがとうございました。
    非公開コメント