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    大空澄人

    Author:大空澄人
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    晩秋の墓地で

    2019.11.25 06:00|体験集
    IMG_0041.jpg 

    今月中頃の事である。夕方いつもの様に犬を連れて海岸に行き、通り慣れた墓地の堤防の上を歩き我が家の墓をチェックした。というのは以前から家の墓の花筒の花を引き抜いたり線香立ての砂をばら撒いたりと嫌がらせをする者がいるので、時々は見に行かなくてはならないのである。

     

    その日はいたずらされている様子もなく家の墓の前を通り過ぎてまた歩き出した。その辺に来ると犬が決まって歩かなくなるので抱いて歩くことにしている。すると先月亡くなった近所の老人のイメージが目の前に現れたのであれっと思い幼馴染(ブログに何度も登場している)の墓に寄ってみる気になった。すると何とその人の墓は彼の墓の隣であった。卒塔婆がたくさん重なっていて49日の法要も終わっているようである。最近はこの田舎でも家族葬が増えて身内以外に葬儀の事を知らせない家庭が増えているので誰かが亡くなっても知らない事が多い。葬儀場の前を通っても名前が出ていないので誰の葬儀をしているのかわからない。

     

    さてその人(亡くなった人)のイメージやエネルギーはしっかりついて来ている。私はその人のどうしていいのかわからないという迷っている念を感じたのでこれは何とかしてあげなくてはと思ったのである。しかしその場においては幼馴染は現れなかった。現れたら彼女のことを何とかしてくれよと頼んでいただろう。最近彼は姿を見せなくなっている。

     

    翌朝の祈りと瞑想で何とかなるだろうと考え、その日は何時も通りに早めに寝た。翌朝、何時もの部屋で瞑想をしてみると案の定その人が現れたので私は霊的真理の要点を思念で伝えた。終わらないうちに私の母がその場に現れた。そうなると両者はお互いに顔見知りなので話は早い。二人が笑顔で談笑している様子が感じ取れたので私は傍観することにした。間もなく母は彼女(迷っている人)の手を引いて連れて行ったのである。それっきりその人は現れなくなった。

     

    後で近所から伝わってきた話を聞くとその人は90過ぎであり、前夜まで元気だったが翌朝になったら死んでいたとのこと、それは理想的な死に方かもしれないが霊的真理の知識が無い場合、自分に何が起こったのかわからないという事になりがちだろう。そこでどうしたらいいのかわからないので暫くは自分の家や墓にじっとしているということになるのではないだろうか。他にも一人暮らしで突然死した人が1年くらいは自分の家にいたようである。その人の家の前を通ると常に気配が感じられたものである。

     

    「死んだら私はどこの墓に入ればいいのでしょう?」と言う人がいるが人は死んだら墓に入るという観念が根付いているからであろう。また家族が毎日のように墓に通ってその前で泣いていたりすると故人はそこに引き付けられてしまう。世の中にはそういう例も多い。

     

    当人が最低限の死後の世界についての知識があれば死後の覚醒は早くなるだろう。また家族の中で一人でも霊的真理の知識を持った人間がいれば状況は全く違ったものになるだろう。






    晩秋夕焼け 2



    追記
    いつもの事ですがこういうケースは必ず背後に霊界の計画や導きがあるようです。私のその日の行動もあちらからはほぼ把握されていて(データに入っている)散歩で犬を連れて墓の傍を通ること、家の墓の前で堤防に腰掛けて休む、その時には少し日常意識から霊的意識になる事が多い。そこで役割が廻ってくるという事なのでしょう。いずれにせよ目に見えない世界では常にそういう動きがあるようです。

    コメント

    No title

    大空様、久しぶりにメールを差し上げます。いつも日々の学びの場として4日ごとの更新を首を長くして待つ一人として今回の更新は旧友に会うような気持ちで拝読いたしました。本当に、ありがとうございます。

     と申しますのは、大空様のヨット仲間であったお友達のことです。確か小豆島名産の素麵「島の光」を製造なさっていて、割と早く亡くなられた人、と私の記憶にあります。「早く旅立ってよかったよ…」との霊界からの通信を妙に覚えていて、今では懐かしさまで感じていたのです。

     「個人情報流出の危機」とかで最近は亡くなった人はもちろん、いつ葬儀があったかさえ分からなくなりました。150万都市の大型団地に住む私ではありますが、最近は団地
    広報にも記載がありません。今朝、一か月ぶりに広報が郵便受けに入っていましたが、なんとたまたま訃報を広報に載せた先月、訃報者のお名前と敬称が間違っていたと、お詫びの文面がありました。

     音楽も今の私には雑音としか思えません。ラジオのコメンテーターは息せき切ってしゃべりまくります。ちっとも聞いていて心に響きません。日本語の文字には「間」があったはずですし、話し方にも「間」があったはずです。日本画の余白にこそ時空を超えた意味があるのに…などと騒音社会から遠ざかりたい毎日です。

     私にとって大空様は、神道に傾きかけていた当時の私にシルバーバーチと霊的真理を教えて頂いた「恩人」なのです。どうかチョコやんともども高い位置からお導きくださるよう願ってやみません。

    No title

    kuny さん

    そう言って頂くと本当に嬉しいです。私は楽しみながらこのブログを続けていますが同時にkunyさんのような方から励ましも受けていてそれも大きな原動力になっています。ありがとうございます。

    本当に今の世の中は殺伐としてきましたね。潤いというものがどんどん無くなりつつあります。世の中はお金を信仰しているような状態なので当然のことなのでしょう。騒音社会は本当に嫌ですね。

    先ほど犬の散歩の時に竹馬の友の家の玄関前に行って少し意識をこの世からずらしてみました。すると久しぶりに彼が出てきたのです。

    「時々こうして家に帰っているよ。今日は君が来たからだけどね。帰ろうと思えばいつでも帰れるから。でもつくづく思うのはそちらは争いの世界だね。皆自分の世界にこもってしまって大きなものが見えないから争いごとばかり、僕はそういう世界を卒業出来て良かったよ」。

    霊界に行くと家などこの世の構成物を生前のように細かく観察できなくなるようです。
    五感が無いのでシンボルとかエネルギーとして感じ取っているように感じました。
    肉体を持っていた時と同じように感じていたら余計なものが目について気になってしかたがないでしょう。かつての自分の家が傷んでいてそれを気にしたりしているようではこの世にいた時と何ら変わっていないことになってしまいます。

    シルバーバーチも地上の人間の肉体はうすぼんやりとしか見えないと語っていました。霊界の人は主に地上人のオーラを見ているのだそうです。

    この世は争いや混乱の世界ですがどのみち私たちはこの地上世界を後にします。
    その時を楽しみに残りの人生を過ごしましょう。
    これから冬が来ますがお体大切にしてください。

    PS
    竹馬の友の家に行ってみたのはkunyさんが彼の事に言及されていたので行く気になったのです。






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