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    観音様の御札

    2012.12.21 16:33|真理を求めて

    P1030202_convert_20121202100008.jpg   

    写真は
    2004年のちょうど今頃、西国巡礼で京都の清水寺にお参りをした時に買った御札である。
    清水寺の本尊は十一面千手千顔観世音菩薩でありその本尊の姿が描かれている。

    清水を訪れた夜のエピソードは聖地を訪ねて(鳴る鐘というテーマで以前のホームページに載せているが師走の京都はとにかく寒くてその日は疲労困憊したことを覚えている。

     

    以前のページのインスピレーション集の中の観世音菩薩の名で載っているものは殆どこの御札を観想して得たものである。仏壇で祈りの後この御札を見ながら静かに瞑想していると額(真ん中から少し左より)や頭頂部がジーンとしてきて五感を超えた見えざる世界からの通信というものを私は感じ取ってきたのである。

     

     

    神仏(昔から神仏と表現されてきたものは実際は自分の守護霊や指導霊)に対して祈ったり指導を仰ぐ場合、何か意識を集中できるシンボルがあったほうがやり易い。自分が心から敬えるものであれば、お守りや御札、あるいは写真であろうとそれは関係がない。また海や山など清々しい環境の中に身を置くのもとても良く、要するに自分に合ったものを選べばいいのではないだろうか。伊勢神宮の正宮の写真も良い。

     

    この写真の観音様の御札こそが長きにわたり私の心の支えとなってくれ、これまでに貴重な啓示を一杯もたらしてくれたのである。

    それはこの御札自身が特別な力を持っているというよりも、あちらとこちらの世界を結ぶ通路となってきたのであろう。今もこの御札は仏壇の一番奥の真ん中に置かれていて先祖の位牌を従えているような配置になっている。しかしよく見ると位牌というものは暗く感じられる。昔の位牌は黒いものが多く一段と陰気臭い。昔から人は先祖をこういう形で位牌や墓に閉じ込めてきたのである。それは他界した人に対する自分の心を閉じこめているだけなのだが。少しずつではあるが人々は真実に目覚めその視野も広がっていくであろう。


    文章の順序が何度やっても自動的にひっくり返ってこのようになってしまいます。どうやらそういう力が働いているようです。リンクのところは右マウスで「新しいタブで開く」をクリックして頂けたらと思います。この写真を通じて何かを感じられるようであれば霊的感受性豊かな人でしょう。そしてそれがご自身の奥に潜在する本当の自分というものを掘り起こすきっかけになってくれるならば私にとって大きな喜びです。
    大空

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