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    幽界からの便り

    2013.01.14 11:38|親族、友人の霊界便り
     

    朝、いつものように仏壇の前で瞑想していると2週間前に他界した親戚のおじさんが現れた。近頃私は仏壇の前で読経は殆どやらない。やるとしたら虚空蔵菩薩の真言(空海が室戸岬の御蔵洞でそれを唱えていたら明けの明星が口の中に飛び込んだという伝説のあるもの)くらいだろうか。

    その目的は音響効果によって意識を日常の雑事から浮上させることにある。普段はそれも殆どやらずに鐘を1回だけ叩く。その音が例の清水寺の観音様の御札に吸い込まれていくように感じられたら自分の意識が一時的に日常生活のレベルから離れ、見えない世界からのエネルギーを受け入れる体制が整う。

     

    差し障りがある内容ではないのでその通信をここに紹介したいと思います。

     

    「今は体が楽になった。家族が私の面倒を見てくれたことに感謝している。酒は時々飲みたいことがあるがここでは誰も飲んでいる者がいない。家族の事は少しも心配していない。あんたのお父さん(私の父)に色々とお世話になっている。彼はこちらで人の世話をしている。今までに多くの以前に亡くなった人たちに会った。娘の婿(2年前に他界)にも会ったが彼もこの世の家族の事は心配していない」。

     

    彼は酒好きであり葬儀の時は息子が御棺の中に酒を入れていた。晩年は体調を崩し長い時期ではないが家族の手を煩わせた。

     

    私の体験の範囲では殆どの他界した人はこの世に残した家族の事を心配していないようである。これは次のように考えてみると分かり易いかもしれない。我々が旅行に出る時、色々と家の事が気になる。戸締り、火の元、電気器具のこと等々。中には一度かけたドアのロックを再確認する人もいる(中には3回)。後ろ髪をひかれるようにして家を出ていくが一旦乗り物に乗って新しい環境に入ってしまうとすっかり気分が変わり旅行を楽しめるようになる。

     

    海外にでも出て一月程したら家や自分の住んでいる地域の事が別世界のように感じられてくるはずである。他界した人も同様の感覚を味わうのではないだろうか。金の心配をしなくていい、病気の心配がない、鬱陶しい人間関係がない。そんなところに行けたのにうじうじとこの世の事を心配するのは少数派であろう。

     

    先祖供養と称していつまでも慣例的な行事を繰り返すことはこのような観点から見るとある意味滑稽なことではないだろうか。あちらに行った人は実際は楽しく暮らしているのに残された者だけが暗い顔をして喪服を着て線香を供え坊主に高い布施料を払う。それは今も日本中で繰り広げられている光景であろう。

     

    中には例外がありいつまでもこの地上界をうろうろしているケースもあるだろう。だが一般的には残された家族が旅立った人の行く先を案ずる必要はないのである。そんな暇があれば日々自分を向上させることに努めるべきである。それが本当の先祖供養だと私は思う。




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