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    霊界の通信網

    2013.01.28 15:44|真理を求めて
     

    この間他界した親戚のおじさんの中陰供養と、少し早いが49日法要も終わった。生前はめったに顔を見ることもなく、ここ何年かは会話をしたこともなかったが彼の死後は急に今までよりも彼の存在が身近に感じられるようになった。地元の詠歌のグループによる中陰供養の場においても彼は祭壇の前に現れ頭を下げて皆にお礼を言っていたし、私に彼の家族へのメッセージも伝えてきた。そこで私は後で彼らにそれを伝えることになるが、そういう場合一番気を使うのがそういう霊的な事に理解がない人にどうやってそれを伝えるべきか思案するのである。他の人達が一緒にいるような席では言えないので後でタイミングを見て知らせたり、あるいは後で電話で伝えたりする。我が家では普通になっていることでも理解のない人には安易に言えないのである。それが今の私の悩みの一つであるがそういうものを聞いた以上は何とかして伝えなければならない。聞いた人間にはそれを伝える義務が生じてくるのである。

     

    今回はすでに数回メッセージが来たがそのいずれも家族に伝えてきた。それはとてもスムースに運び家族もとても喜んでくれたが、仕事を辞めた今はそういうことが私の大きな喜びとなっている。向こうでは相手がメッセージなどを受け入れてくれるような人間かどうか考慮に入れた上で私に通信を送っているのだろうと思う。そこで振り返ってみれば、殆どのケースでそのおじさんと共に父が現れていた事を考えてみると父がおじさんからの通信を仲介していたのではないかと思うのである。生前から霊的な知識が全くなかった場合、地上の家族に自力でメッセージを伝えるということはまず無理だろう。いくら肩を叩いても大声を上げても霊感のある人間がその場にいない限り誰も分かってくれないと思う。

     

    父は昔からそのおじさんや家族を色々と援助したりして面倒を見ていた。おじさんの子供達の名付け親でもあり、父は彼らから尊敬されていたのである。今も他界したばかりのおじさんの指導霊として色々と面倒をみているに違いない。そう考えるとこの世で築いた心の絆はあちらの世に行っても途切れることなく続いているのであろう。死後は物的なものが全て消滅し、残るのは愛、あちらに持っていけるものは愛の心なのである。

     

    霊界の通信網は通常の地上の人間には到底理解しがたいと思うが、彼らはこういう通信網を通して地上に意志を伝えてくるのであろう。私の場合も霊界通信を感得出来るケースは限られているので誰でもというわけにはいかない。何らかのつながりがなければ通信は成立しないのである。

     

    今回は通夜と葬儀の場においては何も感じ取ることはできなかった。おそらく彼は眠りについていたのだろう。今まで通夜の席で故人からの思念を感じたケースは一度もないところをみると通夜では当人は眠っているのだろう。葬儀においては半数以上は覚醒しているようだ。その場合当人の親やその他指導霊に付き添われて葬儀を見ているようである。祭壇の前で出席者にお礼を言っている光景(肉眼で見えるのではない)はよく見てきた。

     

    何百万円も使って大々的に葬儀をしても当人はそれを知らないかもしれないという事実を知ったら遺族は果たしてどう思うだろうか? 葬儀やそれに伴う一連の風習は霊的事実に基づいたものではなく殆どが世間体など地上的な価値観によって行われていると思う。借金までして葬儀をしたり、遺族がやっとの思いで差し出した寺への布施料が実は高級志向の寺の人間の贅沢に使われている事を知った時、他界した人はどう思うのだろうか。

     

    ともあれ彼は今はあちらで幸せそうである。朝の祈りの場で父とともに現れたことがあるが二人ともニコニコしていてとても良い雰囲気だった。そういう場合はこちらもとても幸せな気分になれるのである。


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