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    二人の父

    2012.05.20 20:55|随筆集
    法要以後、叔父は常に私が手を伸ばすと届きそうな所にいるように感じられるようになった。去年は法要が済むと全く気配が感じられなくなっていてそれは一年間続いた。彼は今日の朝の祈りの時にも現れた。ここで叔父から私に伝わってきたものを全て公表するわけにはいかないが(プライベートなことなので)要約すればこういうことである。

    彼は私の実の父であるが私を生後6か月のときに親戚に養子に出した。その後は私に愛情をかけたくても出来なかった。それは彼が存命中には出来ないことであった。そして今は生前出来なかったことが出来るようになった。つまり霊界から私を愛するということである。瞑想中ずっと彼の愛を感じて私は何とも言えぬ幸せを感じた。その心境をここで言葉で言い表すのは難しいが、そういう心境を他の人にも味あわせてあげられたらどんなにいいだろうかと思う。一度でもそういう体験をすれば人は霊界を身近に感じることが出来、いたずらに死を恐れることはなくなるだろう。また離別の悲しみがどれ程軽減されることだろうか。

    つまり私は二人の父親から愛され見守られているのである。私はよく夢で父(養父)と会っている。その時は実際に会っているのだろうと思う。夢から覚めたとき、あれっ 父がいない、ああ、あれは夢だったのかと初めて気が付くのである。そして昼間は度々叔父(実父)の感触に触れる。もしかして私はそんなに長くはこの世にいないので彼らと接近しているのかなと考えたりもする。しかしこんなに幸せなことがあるだろうか。自分は何と恵まれているのだろうと思う。もし私が仕事を辞めていなかったらこういう体験は出来なかっただろう。

    あちらに行った人の愛というものはあきらかに地上の人の愛とは違う。崇高で清らかな感じがするのは地上の穢れを浄化しているからであろう。最後に叔父からのメッセージを記したい。

    「人間60も過ぎたら物事に対するこだわりを出来るだけ捨てることだ。不要なものを離していくことだ」

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    まとめtyaiました【二人の父】

    法要以後、叔父は常に私が手を伸ばすと届きそうな所にいるように感じられるようになった。去年は法要が済むと全く気配が感じられなくなっていてそれは一年間続いた。彼は今日の朝の...