07 | 2017/08 | 09
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -
    最新記事

    カテゴリ

    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

    リンク

    最新コメント

    メール宛先

    名前:
    メール:
    件名:
    本文:

    検索フォーム

    カウンター

    彼岸の一日

    2013.03.21 10:49|親族、友人の霊界便り
     

    彼岸の中日の昨日、今にも雨が降りそうな天気の中を妻と恒例の墓参りに出かけた。仕事をしていないと曜日の感覚が無くなってくる。曜日を勘違いしていて携帯の日付を見て気が付くことがある。仕事をしていたら他に何か気になる事があったとしても、仕事に集中しなければいけないので分散してしまいあまり気にならない。つまり気にしている間がないというわけだがそれが無くなると何か一つの事が心に引っかかって容易に抜けなくなる。リタイヤした場合は何か打ち込むものがないと自分の心のバランスを取ることが難しくなるのではないだろうか。

     

    人は自分の心をコントロールするのに苦労する。他人の状態は推察しやすいが自分の事がわからない。正に「自分の心は御し難し」である。歳を取るとわがままになる人が多い。権力を持っていると一層その傾向が強くなるので周囲に疎まれるようになる。老害というものだがこれは自分で気づいていないので困ったことになる。そうならないようにしなければと思うが、考えてみたら私には何の権力も社会的地位もなく、そうなろうにもなれない。失うものも何もない。そんなことを考えながら妻の運転する車は妻の実家の墓のある墓地に到着した。案の定シルバーマークの張られたお年寄りの車が墓地の車道を塞いでいる。

     

    「何でこんなところに車を止めるんや、通れんやないか!」車に同乗中の妻の母の怒りの声が響きそれは車外にも届いただろう。そこで少し高い所にある墓から2,3人の人がこちらの様子を見下ろしているが車を動かそうとする様子はない。我々はサイドミラーをたたんでようやくそこをすり抜けた。やれやれ、最近の年寄は!近頃そういうものが目立つようになってきた。自分もそうならないようにしないといけない。長生きなんてするもんじゃない。このページを書いている者の言う言葉ではないかもしれないがついそう思ってしまう。

     

    その後3年前に他界した叔父の墓に行く。“旧いのちの波動”にも度々登場している人物である。

    そこでは次のようなメッセージを賜った。

    「周囲に気を取られることなく自分の信じる道を行きなさい」

    彼は生前から私たちに人の道を指し示してきた人物であり、こういうインスピレーションを通じて彼の独特の威厳が伝わってくる。うん、うん、本当にそうだね、ありがとう。

    煩悩が洗われたような気持でその場を後にした。

     

    次に妻の実家に寄り仏間に座って妻の父の写真を見ていたら彼が現れた。彼が大きな茶色のソファーに寄りかかっている様子が見える。彼は大柄でそういうポーズがとても良く似合う。そしてにこやかな表情を浮かべ私に話しかけてきた。

    「S(私の妻)は頑張り屋だからね(彼女は熱心に御詠歌の指導をしていてうるさい年寄りに足を引っ張られながらも負けずに頑張っている)。ひろっさん(彼は生前から私の事をそう呼んできた)はゆっくり、のんびりと暮らせばいいよ。体調の事もあるし。皆が仲良く暮らしてくれることがこちらから見て一番嬉しい事だ」。

    妻がいつものようにその場でご詠歌を奉納して私たちは降り出した雨の中を帰宅の途についた。

    “春に三日の晴れ無し”彼岸は季節の変わり目である。


    コメント

    この世は、理不尽なことも多いように思えますが、あの世は、公平な世界なのでしょうか?
    非公開コメント