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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    母からのメッセージ 8

    2014.01.10 15:26|親族、友人の霊界便り
    IMG_0041.jpg 

    今はそちらにいた時のような苦しみがない。余計な事を気遣う必要がないからね。体の事を気にしなくていいのは本当に楽。死んだらその悩みから解放されるからね。

    こちらから見て一番喜ばしい事は残った家族が皆、元気に生きていること。幸せを感じて生き生きと生活している姿を見ることが最も嬉しい。

    逆に悲しかったり怒ったりそういう気持ちで生活している姿を見せることはこちらの者に心配をかけることになる。死んだ者は何も知らないと思うことは間違いでこの世にいた時よりもはるかによく知っているから。

    母からのメッセージ 7

    2013.12.30 13:55|親族、友人の霊界便り

    IMG_0042.jpg 

    後の者が幸せに暮らしてくれたら一番。

    私の願いはそれだけ。

    物や形は二の次だからね。

    ずっと後の人たち(子孫)が昔こんな人が先祖としていたという事がわかればそれでいい。

    私は一人の女性として母として子供を育てる苦労をする必要があった。
    それもお前が来てくれたことで叶えられた。


    当日の夜

    今日は無事に色々な事が出来て良かったね。この部屋は寒い。
    お前も寒そうだからここに長くいなくていいよ。
    暖かくして早く寝て体を休めなさい。

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    母からのメッセージ 6

    2013.12.23 09:45|親族、友人の霊界便り
     

    こちらに来てみると本当に幸せを感じる。生きていた時に想像していたものとは全然違う。身がとにかく軽くて邪魔になるものがない。そっちの人が考えていることが全部わかってしまう。

     

    狭い所でののしり合ったりしているのを見ると可哀そうに思えてしまう。私は生前よく手紙を書いたものだけど、そういうものは必要がない。自分の届く範囲の人にはすぐに思いが通じる。何と素晴らしいことか。

     

    こっちの人もそちらの人も心に思っていることがわかってしまう。生前に思っていた人柄はメッキがはがれて丸見えになっている。それを見るとがっかりしてしまうよ。そちらでは自分を誤魔化すことなく正直に生きる事が何より大切だと思う。

     

    私の入院やその後の療養期間が短くてよかった。皆に迷惑をかけずにすんだ。おじいさんは迎えに来たとき私の手を引いて連れて行ってくれた。生前はそんなことは一度もなかったのに。でもうれしかったよ。

     

    お前もこの地域での役割は終わったようだね。もっと自分を生かせるような環境に移ればいい。きっと導きがあるから。私もお前には生き生きと暮らして欲しい。

    母からのメッセージ 5

    2013.12.12 12:09|親族、友人の霊界便り
    IMG_0014.jpg  

    私はお前がこの部屋に入ってきた時はここに来ているよ。呼ばれているように感じるから。それ以外の時はおじいさん(私の父)の家にいることが多い。行ったり来たりしているから。

    おじいさんは和風の平屋の家に住んでいて、そこには広い庭があり池があって松の木が植えられている。その家は高台にあって景色が素晴らしい。純和風の家で暑くも寒くもない。

    おじいさんは昔のように教育関係の仕事をしている。それは今お前がやっている事とつながっている。お前はよくこちらから指導を受けているよ。昔と変わったのはそのおかげだから。お前は本当に恵まれているよ。感謝の気持ちを忘れないように。

    (数日後に)
    私は歌ったり大正琴を弾いたりして楽しく過ごしているよ。昔亡くなった先輩の教師の人たちとも再会した。皆こっちに来ていることがわかって安心した。今はもうそちらの世界に戻りたいとは思わない。以心伝心で思っていることを伝える練習もしているよ。

    私は以前にその部屋で寝ていたことがあったね。今はその大きな家に3人と一匹の犬しか住んでいないんだね。家や土地などを守り維持しようとするよりも余生は自分が本当に望むことをしたらいいよ。

    母からのメッセージ 4

    2013.12.08 09:51|親族、友人の霊界便り
    IMG_0024.jpg 

    今、何をしているかの私の問いに対して

    この世の垢を取る作業をしているよ。それがあるとこちらでは邪魔になるから。
    怒ったり恨んだり、ある人に対して持っていた悪感情や数々の偏見を洗い流さなくてはいけないからね。

    今はそっちの世のものを自分がどうかしようと思っても出来ない。
    これは年を取ってからはもうそういう状態になっていたので自然にそういう訓練が出来ていた。だからどうこうしようと思わなくて済む。

    その意味では年を取ってから死ぬと余計な事を考えずに済んで楽かもしれないね。

    お前が今座っている縁側は日が当たって暖かそうでいいね。
    私も以前はそこで日向ぼっこをしたものだよ。

    SさんとMちゃんは(妻と娘)今、外出中だね。Sさんは本当によく動いてくれるね。
    お前は感謝しないといけないよ。

    母からのメッセージ 3

    2013.12.05 10:17|親族、友人の霊界便り
     
      寒霞渓の四望眺にある句碑 「初しぐれ猿も小蓑を欲しげなり」
       ここに来ると子供の頃に母がこれを読んでくれたことを思い出す。

    私は母に今までに一番嬉しかった事と辛かった事を訪ねてみた。すると。

     

    今までで一番嬉しかったことはお前がこの家に来てくれた事(私は生後6か月位でこの家に養子に来た)。

     

    一番辛かった事は戦争体験。

     

    二番目に辛かった事は入院生活(母は50歳くらいの時に病気で2年以上入院した)。

     

    私は家で目が覚めた(夜に病院で死亡、その後家に連れて帰った。目が覚めたと言っているのは翌日のこと)。おじいさん(私の父)が迎えに来てくれていたよ。おじいさんは「長い間のこの世のお努めご苦労様」と笑顔で言ってくれた。務めを果たしたなと言われた。

     

    お通夜も葬式の事も覚えているよ。Sさん(私の妻)の詠歌は素晴らしい。本当にいい声をしているね。よっぽど練習したんだね。

     

     
    葬儀の時、最後は私も皆と一緒に「ふるさと」を歌ったよ。いい葬儀だったね。



    もうそちらの世には誰も友達もいないし家族と親戚だけで十分だった。

     

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    母からのメッセージ 2

    2013.12.03 11:08|親族、友人の霊界便り
     

    お前が小さい頃は体が弱くてとても心配したものだよ。色々あったけど良く成長してそこまでになれたね。そこには可愛い犬もいるね。本当に可愛いねー。


    私は今困っていることはない。かつて愛し、愛されていた人たちに囲まれているのでとても幸せ。そちらにいた時よりはるかに恵まれているから。

     

    長い間そっちの世に生きてきたのでもう何も思い残す事はないよ。


    皆自分の人生を大切に生きてほしい。そして人への恵みを忘れないように。

     

    介護施設は皆が優しく親切にしてくれて幸せだった。最初は家に帰りたかったけど。でも出来ればそういう所の世話にならずに済むほうが良いね。

     

    その家のおじいさん、おばあさん(母の義父、義母)より実家の親の方が親しみがある。話が合うし心の垣根がなく自分の故郷という感じがする。今はその家への思いよりこちらの生活環境が心地よい。何より自由になれたのだから。

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    母からのメッセージ 1

    2013.12.01 11:00|親族、友人の霊界便り
     IMG_0106.jpg 

    私は元気にしているから何の心配もいらないよ。お前の方こそ体の方は大丈夫か?


    こちらで今までにたくさんの人達に会った。私の親や親戚その他昔の友人たち。
    皆親切にしてくれてとても嬉しかった。再会の喜びに浸っているよ。

     

    今思う事は人のためにしてあげたことはその相手は必ず覚えていてくれるということ。それを再確認した。何度も歓迎の催しを受けたよ。

    そっちを旅立った時、送別会(葬儀)
    をしてもらった。皆が私の事を思ってくれていることがよくわかって嬉しかったよ。お互いを思う心はそっちにいた時もこちらに来てからも変わらないものだね。

     

    送別会(葬儀に続く中陰供養など)は何度もしてくれなくていいよ。一回で十分だから。


    もうこちらで充実して楽しく暮らしているのだから大丈夫。何回もやるのは後ろ髪を引かれるようなものではないかね?もう前を向いて進んでいるのだから。

     

    お父さん(私の父)には色々な事を教えてもらっているよ。もう昔の様にケンカをすることはないよ。

     

    お前もよくここまで無事に生きてこられたね。それはいつもこちらから守られていたからだよ。感謝の気持ちを忘れないように。私もいつもついていてあげるから。皆が元気に毎日を過ごせますように。

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    母のこと

    2013.11.29 10:17|親族、友人の霊界便り
     

    これまでに母から私に伝わってきた事をまとめてみた。最初のころは祭壇のある部屋に入ると母の懐に抱かれているような感触がしていた。それはかすかに肉体的な感触を伴い子供の頃に母に抱かれていた事を思い出させるものであった。ある種の肌の温もりのようなものを感じることがあった。

     

    今は母の他界後4週間になろうとしているがここ数日の間感じる事は母の感触が最初の頃とは違ってきていることである。肉体的な感触が殆ど無くなってより霊という感じがしてきた。それはこれまでに感じてきた父の霊としての感触、イメージに近づいてきている。こういう感触が世間で言われる成仏している状態といっていいのかもしれない。

     

    死後の進展はそれこそ千差万別であろう。母の場合はほぼ100年この世に生きてきてもうこの世に執着するものが何もないという状態であったのだろう。認知症になって8年半の間施設で過ごしたが家族とのコミュニケーションは限定されたものであった。認知症になった場合、この世の出来事との関係は急速に薄れていくだろう。何があってもそれまでのような影響を受けなくなるであろう。それは脳が機能不全に陥っただけであり霊としての自分は何の影響も受けているわけではない。

     

    この世との関係が希薄になった分、霊界との交流が静かに進んでいたのだろうと思う。それは表面上わからないのでその人物は本当にぼけてしまったと思われているだろうが実際はそうではない。おそらく他の認知症の人達もそういう経過を辿っているのではないだろうか。俗世との縁が疎遠になってくるので楽しい事も入って来ないかわりに嫌な事も入って来なくなるであろう。

     

    今認知症の人が急激に増えているが現代の文明生活によって人の一生も影響を受けているのかもしれない。自然に生まれて自然に死んでいくというパターンにひずみが生じているのかもしれない。昔は今の様に認知症は多くなかったがそうなる前に死んでいたのではないだろうか。肉体が進化して長寿が当たり前になってきたが各臓器ごとに使用期限というものがあるだろう。脳は全体の臓器の中では使用期限が短いのかもしれない。将来的には自然に修正されるのかもしれない。これはあくまでも私の想像である。

     

    ともあれ今日の朝、いつものように祈りをしていると父と母が一緒に現れて私と一緒に神に祈りを捧げた。そのビジョンが見えたがこれは肉眼で見えるものとは違い、目を開けていても閉じていても見える。母は色々と父から指導を受けているようである。

     

    次回からは母から伝わってきたものを言葉として表現していきたいと思います。

    叔父からの通信

    2013.06.23 15:46|親族、友人の霊界便り
    人間は信念を持って生きること、そうしないとこの世に生まれてきた意味がない。この世は自分の強さが試される場なのだから。他人に迎合して自分を見失ってしまうようでは情けないことだ。そういう生き方をしていては後々後悔することになる。それからもう一つ大切なことは純粋であること、これが最後には勝つ。常に心を濁らせないようにすることだ。心の濁りは自分の価値をおとしめてしまうことになる。こちらからお前たちを何時も守ってやっているから。

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    彼岸の一日

    2013.03.21 10:49|親族、友人の霊界便り
     

    彼岸の中日の昨日、今にも雨が降りそうな天気の中を妻と恒例の墓参りに出かけた。仕事をしていないと曜日の感覚が無くなってくる。曜日を勘違いしていて携帯の日付を見て気が付くことがある。仕事をしていたら他に何か気になる事があったとしても、仕事に集中しなければいけないので分散してしまいあまり気にならない。つまり気にしている間がないというわけだがそれが無くなると何か一つの事が心に引っかかって容易に抜けなくなる。リタイヤした場合は何か打ち込むものがないと自分の心のバランスを取ることが難しくなるのではないだろうか。

     

    人は自分の心をコントロールするのに苦労する。他人の状態は推察しやすいが自分の事がわからない。正に「自分の心は御し難し」である。歳を取るとわがままになる人が多い。権力を持っていると一層その傾向が強くなるので周囲に疎まれるようになる。老害というものだがこれは自分で気づいていないので困ったことになる。そうならないようにしなければと思うが、考えてみたら私には何の権力も社会的地位もなく、そうなろうにもなれない。失うものも何もない。そんなことを考えながら妻の運転する車は妻の実家の墓のある墓地に到着した。案の定シルバーマークの張られたお年寄りの車が墓地の車道を塞いでいる。

     

    「何でこんなところに車を止めるんや、通れんやないか!」車に同乗中の妻の母の怒りの声が響きそれは車外にも届いただろう。そこで少し高い所にある墓から2,3人の人がこちらの様子を見下ろしているが車を動かそうとする様子はない。我々はサイドミラーをたたんでようやくそこをすり抜けた。やれやれ、最近の年寄は!近頃そういうものが目立つようになってきた。自分もそうならないようにしないといけない。長生きなんてするもんじゃない。このページを書いている者の言う言葉ではないかもしれないがついそう思ってしまう。

     

    その後3年前に他界した叔父の墓に行く。“旧いのちの波動”にも度々登場している人物である。

    そこでは次のようなメッセージを賜った。

    「周囲に気を取られることなく自分の信じる道を行きなさい」

    彼は生前から私たちに人の道を指し示してきた人物であり、こういうインスピレーションを通じて彼の独特の威厳が伝わってくる。うん、うん、本当にそうだね、ありがとう。

    煩悩が洗われたような気持でその場を後にした。

     

    次に妻の実家に寄り仏間に座って妻の父の写真を見ていたら彼が現れた。彼が大きな茶色のソファーに寄りかかっている様子が見える。彼は大柄でそういうポーズがとても良く似合う。そしてにこやかな表情を浮かべ私に話しかけてきた。

    「S(私の妻)は頑張り屋だからね(彼女は熱心に御詠歌の指導をしていてうるさい年寄りに足を引っ張られながらも負けずに頑張っている)。ひろっさん(彼は生前から私の事をそう呼んできた)はゆっくり、のんびりと暮らせばいいよ。体調の事もあるし。皆が仲良く暮らしてくれることがこちらから見て一番嬉しい事だ」。

    妻がいつものようにその場でご詠歌を奉納して私たちは降り出した雨の中を帰宅の途についた。

    “春に三日の晴れ無し”彼岸は季節の変わり目である。


    幽界からの便り

    2013.01.14 11:38|親族、友人の霊界便り
     

    朝、いつものように仏壇の前で瞑想していると2週間前に他界した親戚のおじさんが現れた。近頃私は仏壇の前で読経は殆どやらない。やるとしたら虚空蔵菩薩の真言(空海が室戸岬の御蔵洞でそれを唱えていたら明けの明星が口の中に飛び込んだという伝説のあるもの)くらいだろうか。

    その目的は音響効果によって意識を日常の雑事から浮上させることにある。普段はそれも殆どやらずに鐘を1回だけ叩く。その音が例の清水寺の観音様の御札に吸い込まれていくように感じられたら自分の意識が一時的に日常生活のレベルから離れ、見えない世界からのエネルギーを受け入れる体制が整う。

     

    差し障りがある内容ではないのでその通信をここに紹介したいと思います。

     

    「今は体が楽になった。家族が私の面倒を見てくれたことに感謝している。酒は時々飲みたいことがあるがここでは誰も飲んでいる者がいない。家族の事は少しも心配していない。あんたのお父さん(私の父)に色々とお世話になっている。彼はこちらで人の世話をしている。今までに多くの以前に亡くなった人たちに会った。娘の婿(2年前に他界)にも会ったが彼もこの世の家族の事は心配していない」。

     

    彼は酒好きであり葬儀の時は息子が御棺の中に酒を入れていた。晩年は体調を崩し長い時期ではないが家族の手を煩わせた。

     

    私の体験の範囲では殆どの他界した人はこの世に残した家族の事を心配していないようである。これは次のように考えてみると分かり易いかもしれない。我々が旅行に出る時、色々と家の事が気になる。戸締り、火の元、電気器具のこと等々。中には一度かけたドアのロックを再確認する人もいる(中には3回)。後ろ髪をひかれるようにして家を出ていくが一旦乗り物に乗って新しい環境に入ってしまうとすっかり気分が変わり旅行を楽しめるようになる。

     

    海外にでも出て一月程したら家や自分の住んでいる地域の事が別世界のように感じられてくるはずである。他界した人も同様の感覚を味わうのではないだろうか。金の心配をしなくていい、病気の心配がない、鬱陶しい人間関係がない。そんなところに行けたのにうじうじとこの世の事を心配するのは少数派であろう。

     

    先祖供養と称していつまでも慣例的な行事を繰り返すことはこのような観点から見るとある意味滑稽なことではないだろうか。あちらに行った人は実際は楽しく暮らしているのに残された者だけが暗い顔をして喪服を着て線香を供え坊主に高い布施料を払う。それは今も日本中で繰り広げられている光景であろう。

     

    中には例外がありいつまでもこの地上界をうろうろしているケースもあるだろう。だが一般的には残された家族が旅立った人の行く先を案ずる必要はないのである。そんな暇があれば日々自分を向上させることに努めるべきである。それが本当の先祖供養だと私は思う。




    精神が引き継がれる(父から)

    2012.12.30 10:57|親族、友人の霊界便り
     

    こちらの世界の者が地上に残してきた人々に何を期待するか。それは必ずしも地上の人が先人の残した型や形をそのまま引き継ぎ、維持していくということではない。肝心なのはそこに表現されている精神だ。物の表現形態は時代に応じて変化していくのが自然の流れであり、本質を見ることなしに昔の型にこだわり続けることは意味がない。

     

    その時の人の心が形となって現れるのであり、人の心も物も共に向上を目指して止まないものだ。故に先祖がいつまでも自分の残した土地や家などにこだわっているなどと考える必要はない。周囲をよく観察すればいつまでも同じ形を留めているものは何一つないということがわかるだろう。

     

     

    追伸

    昨日、二男が帰省して夕食の前にぼんやりしていると父の気配を感じました。ああ二男が帰っているので様子を見に来ているなと思いました。メッセージはわずか数分の朝の祈りの時に受けたものですが、あちらの世界の人からの思念を受ける時は自分がその人物になり切っているような感じがします。その相手が自分に乗り移っていると表現してもいいかもしれませんが、その感覚はうまく言葉で表現出来ません。それはその時だけのことで自分の意識が日常の事に移るとすぐに消えていきます。

    大空


    真っ直ぐ、誠実に

    2012.10.05 09:26|親族、友人の霊界便り
     


    人として生きる上で最も大切なものは真っ直ぐに誠実に生きることだ。目先の損得ではなくそういう生き方が実は本当に人としての喜びを味わうことができる。何か自分に有利になるように策を弄するようなことをすればその時は得をしたように思うかもしれないが実はそれは後で損をすることになる。真心を出し惜しみして目先をかわすなどという生き方は自分の魂の成長にとって少しも得にはならない。結局失うものの方が多くなる。

      (9月18日、久しぶりに父から)

    我々へ愛をこめて

    2012.05.21 17:45|親族、友人の霊界便り

    5月11日
    人間は健康であることが大切だ。体が健康でないと自分の思うことが出来ない。この世ではまず健康であることが基本だ。子供たちのそれぞれの長所を集めたら素晴らしい人間になることだろう。

    5月12日
    お前の今一番の仕事はMちゃんをしっかり支え、守ってやることだ。病人と苦しみを分かち合い、後ろ盾になってやることが大切だ。悟ったような顔をしているよりもいつも一緒にいてやるぞという態度が病人を安心させることになるから。

    5月17日
    Sさん(私の妻)は今の一家の状況の中(私と娘が病気で健康なのは妻のみ)でとてもよくやっている。お前は余計なことに気を取られることなく常に心を澄ませておくことが大切だ。少しでもこちらに通じる人間であるという自分の役割を忘れないように。

    こちらに来て旧知の人々を訪ねて何か伝えようにも皆少しも気が付いてくれない。わかってくれるものは殆どいないので空しくなる。こちらの世ではわしらは直接手を下すことが出来ない。通じる人間を通してしか意志を伝えることは出来ない。私は生前人を教える仕事をしていたが今は逆になっていて自分が教わる立場になっている。


    法要の前後に叔父からもらった全てのメッセージです。彼は私の娘の病気のことを気遣っているように感じました。

    叔父の回答 2

    2012.05.19 11:42|親族、友人の霊界便り
    そちらの者がこちらの事を思ってくれていることは日ごろからよく分かっている。その思いは常に通じ合っている。その事を知っている者にとっては法要などの儀式は必要性を感じないかもしれない。しかし家族や親族も一つの集団なのでその代表者やその他多数の者がそういう儀式が必要と感じているならばそれに従わざるを得ないだろう。本当に意味のあるものは人と人との心の絆でありそれは法要などの儀式や宗教行事に関係なく生死を超えて続いていくものだ。 5月18日

    法要の意義やあり方について前のメッセージに続くものです。去年は2回忌の法要が終わるとともに叔父の気配は消えてしまいましたが、今年は3回忌が終わった後もすぐ近くに存在しているように感じられ彼の意志が伝わってきます。それには理由があるのでしょう。

    叔父の回答

    2012.05.15 14:34|親族、友人の霊界便り
    今日の法要はどうだったかという問いに対して   5月12日夜

    子や孫たちが大勢集まり賑やかにしていた事は皆が元気に暮らしているということを確認したということで意味がある。そういう場においてたとえ一人でも感受性の強い人間がいて、いくらかでもこちらの存在をわかってくれたら嬉しいことだ。それによってお互いの繋がりを確信することが出来るから。全く誰もわかってくれないとこちらも空しくなってしまう。そうなれば次第にそちらとの絆は薄くなり地上への関心は薄れていくだろう。お前は今、体が弱っているようだから気を付けたほうがいい。

    法要に向けて

    2012.05.10 10:44|親族、友人の霊界便り
    時間は丁度夜の9時。私が夕食後、うたた寝をしていて目が覚めるとパッとスクリーンが目の前に広がっていた。それは目を開いていても閉じていても変わらない。背景はスカイブルーでその中心部に叔父の姿が見える。髪は黒々として去年現れた頃よりも一段と若々しく感じる。にこやかな表情で気分も良さそうである。そこで私は神棚を祀ってある部屋に移った。毎朝祈りをする部屋である。叔父はそこで意志を伝えてきた。週末(3日後)には叔父の三回忌があるので彼は地上世界に戻ってきているのだろう。去年の二回忌以来、約1年間全く音信不通(こういう言葉を使うのは変かもしれない)であり彼はあちらで忙しくしているのだろうと思っていた。こうして現れてくれるというのは感動的である。

    「お前もよくやったな。でも歳を取った。歯医者の仕事は神経を使うからそれが元で今の病気を引き起こしたのだろう。ゆっくり静養しなさい」。 

    そこで私は握手がしたくなって彼のほうへ手を差し伸べた。すると彼は私に近づき肩に手をまわして抱擁してくれたのである。こういう現象を言葉で説明するのは極めて難しく本人にしかわからない感覚だと思う。第三者には幻覚を見ていると感じられても仕方がないだろう。

    「Mちゃん(私の娘)も病気をしていて大変だがお前はちゃんと治るように助けてやれよ」。
    叔父の姿が消えると直ぐに今度は父の姿が現れ、意志を伝えてきた。

    「Mのことは心配ないからお前は親としてしっかり支えてやれよ。上から助けてくれているから大丈夫だ」。
    明日は娘の検査の日であり父はそれを知っているし、去年の娘の入院の時と検査の時には現れて見守ってくれていたし娘もそれを見ている。翌朝の祈りの時に神の間に入ると再び父と叔父の気配が感じられ、二人は私と一緒に神に祈りを捧げた。私一人ではなく3人で祈ったのである。

    それは去年の二回忌の時と全く同じパターンであり、やはり法要の時が近づくと彼らはこちらに帰ってくるのだろう。それは霊感のある人間にしか感じられないかもしれないが、一番大切なものは何と言っても遺族の他界した人への愛であろう。法要の真の意味とは単なる儀式をすることではなく本当は愛の交換の場であるべきだと思う。愛が両者を結ぶ絆となり、彼らは私たちに何か事ある時には必ず守ってくれているのである。