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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    霊は不動 

    2018.01.27 09:37|インスピレーション
    つらら 1

    自分に宿る霊は常に真っ直ぐで不動のもの。肉体は変動が大きく不安定である。この両者のギャップは大きいが、これが地上で肉体を持って生きる人間の姿なのである。多くの者は自分の本体が霊である事を知らず、肉体としての自分が全てと思っている。

    この世は行動の場所

    2018.01.23 09:53|インスピレーション
    滝 3 

    自分が心から正しいと思ったことは行動してみよう。この世は行動をする所。立ち上がって行動しなければ何も変わらない。必ずしもうまく行くとは限らないが行動することに意味がある。そして成否にかかわらずそこから教訓を学ぶ所である。行動すれば学び多く、しなければ学びは少ない。

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    人間の一つの側面が感じること 

    2018.01.19 09:44|インスピレーション
    三都半島

    この世の出来事を見ていると不安や怖れに襲われても不思議ではない。この地上世界においては問題の尽きることはない。しかしそれはあなたという一人の人間の一つの側面で感じている事、大きな自分の中の一部が感じていることなのである。日常意識しない部分は大きく、それらの問題に脅かされる事はない。

    共に歩む 

    2018.01.15 09:49|インスピレーション

    双子浦から弁天島 

    地上の生活は一つの事を片付けたと思う間もなく次の課題が現れる。元来そういう場所なので真に落ち着くことは出来ない。常に試されているのである。人々は時間に追われ自分を見失い易く、心休まる場ではない。

     

    いかなる時も我々霊界の者と共に歩んでいることを忘れないように。常に守られ、導かれている事を。これまでの事を振り返って見れば困った時にはどこからともなく救いの手が差し伸べられていることを実感することであろう。こちらはあなた方が抱える問題は全て掌握済みである。

     



    補足

    我々霊界の者とは守護霊、指導霊を意味します。

     


    大我と小我

    2018.01.11 09:31|インスピレーション
    むかずら4

    人間は日頃の雑事は小我がこなすがそれ以上の事は大我で対応するようになっている。往々にして人間関係においては小我がぶつかり合って争いが起きる。

     

    ヒーリングの時には小我でなく大我で行うこと。精神統一をする目的は大我を引き出すことである。小我では霊界に通じない。大我としての自分になれたら霊界に繋がり、そこから霊力を引き出すことが出来る。大我を引き出すことが出来るか否か、それが魂の成熟度を表す。

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    人生を棒に振る事のないように

    2018.01.07 09:52|インスピレーション

    むかずら3 

    人は霊的に目覚めて初めてこの世に生まれて来た目的を達成することが出来る。それまでは本当の意味で生きてきた事になっていない。物的な側面しか見えていなかったことになる。

     

    人生を終えるまでに霊的に目覚めなければ、その人は人生を棒に振ったことになり、再び苦しみと混乱の尽きないこの地上世界に生まれてこなければならない。

    光を目指して

    2018.01.03 15:46|インスピレーション
    むかずら1 

    人生では色々なものが目の前に現れるけれど常に光を目指して進みましょう。暗い方に進んではなりません。暗いものが現れてもそれに心を奪われてはいけません。明るい方へ進路を取りましょう。そうすれば暗いものは何時の間にか消えているものです。方向を見失わないようにしましょう。

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    意識の切り替え 

    2017.12.31 10:16|インスピレーション
    17.jpg

    この世の人達は一生を過ごしても自分の本当の姿がわからない。その事に気付くことなく死んでいく。この世での様々な出来事や体験は実在するものではなくこの世限りのものであり、次の世に引き継がれるものではない。

    このことを知らずにこの世を終えると長い間それを引き摺ってしまう。意識の切り替えが出来ないので次の世の環境に順応することが出来ない。そこでこの世にいる間から祈りと瞑想によって切り替えの訓練をしておく事が望ましい。祈りと瞑想は意識を切り替える練習となり、生命の実相に目覚める為の道具となる。

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    肉体の牢獄 

    2017.12.28 10:14|インスピレーション
    282.jpg  

    霊は肉体に宿っている間は思うように自己表現することが出来ない。肉体によって大きな制限を受けるからである。全てが肉体を通さなければいけないので本来のものが表現し難く、この世風に着色されて表現される。それほどに肉体の影響は大きく肉体の牢獄と表現される所以である。

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    一人芝居の世界

    2017.12.24 09:39|インスピレーション
    255.jpg 


    この世の人達は自分の想像で様々なものを作っている。それらの大半は実在ではない。宗教的しきたり等はその最たるものである。自分で作り、自分で悩む、一人芝居の世界である。


    補足
    自分で作り、自分で悩むとは取り越し苦労のことです。起こってもいないものを想像で作り上げて勝手に悩んでいる姿、それは一人芝居の典型でしょう。

    正負の両面

    2017.12.20 09:47|インスピレーション
    P1010846.jpg

    物質の世界においては問題の尽きることはない。全ての物質界のものは正負の両面を持っているからである。正の部分を見ていたと思えば負の部分が現れる。交互に現れるのである。故に本当に心の平安を味わう事は出来ない。この世はそういう所であるから。

    信念に基づいてやる事

    2017.12.16 09:19|インスピレーション
    DSCF4636.jpeg 

    人が信念に基づいてやることに間違いはない。信念の欠如が失敗を招く。その道の追求の過程において生じる嫌なこと、困ったことは飛躍のための踏板。それをバネに大きく飛躍する為のものである。嫌な事、困った事が無ければ人間は今の自分に満足して成長が止まってしまう。

    ポツポツとネガティブなことが頭の中を横切るのが普通の人間であり、それはまだこの世で学ぶべきことが多くあるという証明である。

    聖なるもの

    2017.12.12 11:18|インスピレーション
    奇岩群

    聖なるものを感じられるようになると、人は地上の諸々の出来事を不快に感じる様になる。高いものがある事を知る事によって自分が現在置かれている環境を不満に思うようになる。それと共に、自分の進んで行く先にはそういう世界があることを知って勇気づけられる。

     

    人はその時点での理解度に応じた聖なるものを感得する。それ以上でもそれ以下でもなく、背伸びは出来ない。それを受けられる条件は心が素直で真っ直ぐな人間であること。


    補足
    聖なるものとは霊界からのインスピレーションを意味します。

    法則の働きが神

    2017.12.08 09:27|インスピレーション
    寒霞渓より田浦を

    法則の働きが神であり、誰一人逆らうことは出来ない。残念なことに殆どの者はそれを知らない。未熟故に法則に逆らって痛い目に会っている。苦しみは全て法則に逆らう事から生まれる。人間は神が法則によって宇宙を支配していることを知らねばならない。

    霊の心と肉の心

    2017.12.04 11:49|真理を求めて
    人の心

    晩秋に紅葉で知られた小豆島88か所の石門に行ってみるとこういう文句が書かれていた。
    これを霊的真理で表現するならば以下のようになるかもしれない。

    人は霊と肉体の二重構造になっているので、霊の心と肉体の心の間を毎日のように行ったり来たりを繰り返す。しかし地上にいる間は完全に霊の心で暮らすことは不可能なので基本的にこの事を理解していればいいのではないだろうか。それを知らないと煩悩にまみれた今の自分の心がすべてと思ってしまうだろう。

    仏様の心とは霊の心、鬼の心とは肉の心ということになる。



    晩秋の石門

    他山の石

    2017.11.30 09:11|インスピレーション

    紅葉の始まり 

    この世であまり多くの人とかかわる必要はない。自分にとって必要な人と付き合っていれば十分である。この世には色々な者がいるが、いちいち関わる必要はなく彼らを他山の石として眺めていればよい。

    悟るとは

    2017.11.26 09:29|インスピレーション
    不動明王

    何事にも摂理が働くことが分かるようになれば自然に摂理に沿った生活が出来るようになる。摂理に逆らうとうまくいかない。従えば万事うまくいく。それを悟った状態という。


    視野の拡大

    2017.11.22 09:01|インスピレーション
    お地蔵さん

    瞑想して霊的エネルギーを取り入れた時には視野が拡大するので、今の問題は重大なものではなく些細な事に思えてくる。日頃の雑事に追われている時には視野が狭窄しているので、物事を正しく判断することが出来ない。

    そこで瞑想が必要になるのである。肉体を持ってこの世にいる時には視野が狭められているので瞑想によって日に一度は視野を広げる必要がある。

    神が望む生き方

    2017.11.18 09:40|インスピレーション
    寒霞渓 奇岩 1


    誰でも自分にしか出来ないものを持っている。

    その能力を人や世の中の為に生かす事。

    それが神が望む生き方である。


    祈りと瞑想によって自分の本性と神の摂理との擦り合わせが行われる事になる。

    神の摂理に自分を照合させるのである。


    地上の問題は地上的手段で

    2017.11.14 08:57|インスピレーション
    石門景観

    毎日の暗いニュースを見て暗い気持ちになったり、それらを背負い込む必要はない。時間はかかるが地上の問題は地上的手段でいずれは解決される。あなたが地上で関わる事は僅かな範囲と時間であるから。地上は終の棲家ではないからである。



    大我として眺めれば

    2017.11.12 08:47|インスピレーション
    こううん亭 

    瞑想の時には日々の生活の事は意識しなくなっている。大我としての自分から見れば地上の出来事や様々な雑事は取るに足りない事である。永遠の人生の中においてはそれらは旅先の出来事の一つに過ぎないのである。




    橋渡しをする者

    2017.11.08 09:38|親族、友人の霊界便り
    得帽子岩

    Yさんより   10月6日

    今、普通の人は死後の環境にすぐに馴染むことが出来ないのです。こちらと地上界の間に自分で壁を作ってしまっているので新しい環境に馴染むのに時間がかかっています。そこでガイド役、橋渡しをする者が必要になります。

     

    死後間もない人は霊界(幽界)からの波動をキャッチすることが出来ません。これは人によりけりですが。そこで地上の人からの働きかけが重要になります。彼らは地上の人間の思念はキャッチします。最初に地上の人が働きかけ、次に霊界の者が導いて行く。その連携が必要なのです。そう出来れば両方の世界にまたがるチームとして機能するのです。

    あなた方親子は地上の係り、私達親子は霊界の係りなのです。私は常に手の届くところにいますから必要あればいつでも呼んでください。常にお役に立てればと思っています。地上時代にお世話になった恩返しをしたいと思っています。ヒーリングはとても気持ち良かったです。死後地上臭の抜けない人にも効果があるでしょう。何故なら彼らは自身の波動が地上時代と何ら変わっていないからです。

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    実在でないもの

    2017.11.04 07:06|インスピレーション
    渓流 2    

    地上生活で味わう様々な物的なものは実在ではない。それに関わる事によって生まれる心の彩も実在するものではない。それらは地上生活に付いてくるものであり一時的なものであるから実在と勘違いしないように。地上生活を終わった後はそれらを浄化する事が必要になる。


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    人間は皆、弱さを持つ 

    2017.10.31 09:09|インスピレーション
    西の浜

    人間は皆、弱さを持っている。その弱さが向上のバネとなる。弱い自分を克服して強くなろうとするからである。自分の弱さを強化する為に、人は自ら望んで地上に生まれてくる。地上は自分を強化するにはうってつけの場所であるから。

    立ち向かえば楽になる 

    2017.10.27 09:05|インスピレーション
    朝焼け1  

    霊界では自分が本当に好きな事をして暮らせる。地上では生活の為に嫌な事でもしなければならない。気の進まぬ事でも生活の糧を得る為にやらねばならない。気の合わぬ者とも付き合わねばならない。

     

    しかし勇気を出してそれらに立ち向かえば、壁は取り除かれ自分が一回り大きくなる。地上はそういう所である。自分を鍛える場所なのである。尻込みすれば苦しくなり、立ち向かえば楽になる。





    生命の実相と霊の発現 

    2017.10.23 07:10|インスピレーション
    国民宿舎の夕日

    人の生死の実相を理解するのは多くの者において容易な事ではない。死というものがどういうものか、それを本当に理解できる者は極めて少ない。簡単なようでいて理解できないのはその理解能力は人間の根源、すなわち霊から来ているからであり、次元が違うのである。

     

    霊が発現している者には理解が容易であり、未だ霊が発現せざる者には極めて難しいものである。理屈で理解しようとしても無理がある。

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    雑事の重荷 

    2017.10.19 06:46|真理を求めて
    吉野 2

    地上生活の特徴は昼夜があって毎日が一区切りになっていることであろう。色々あっても日が暮れるとひとまずは終わる。この世を去って霊界に行くとそういう区切りがなくなるので何かをやろうとすれば制限なくやれる。疲れたら休めばよい。反面,同種の苦しみがずっと続くことになる。地上では寝たら一応そこから離れることが出来るが地上を去ればそういう事は出来ない。

     

    この世の生活の特徴は日々の生活が殆ど雑事で占められる事だ。雑事に追われて一日が終わる。雑事に追われて一生を過ごす者もいよう。人間は物質の世界の管理人なのでその重荷からは逃げられない。これは一種の罰である。

     

    多くのものを持つほどその負担は大きくなる。故にこの世の生活においては必要最小限のものを持っておればよいという事になろう。人間にとって物質の世話をする事はこの世での義務であり、自らの修業なのである


    霊界の援助を求めよ

    2017.10.15 06:57|インスピレーション
    吉野

    その時、難題と思われた事も後で振り返ってみれば、きれいに処理されていることに気付くであろう。何事も自分がその時感じる程に大きなものではない。自分が問題を過大に評価しているのである。

     

    人間は霊の世界から大きな援助を受けており、その事が問題解決の大きな力となっている。自分の手に負えそうもないと思った時は自分の全力を尽くすと共に、霊界の援助を求めることである。


    地上生活は比較検証の場

    2017.10.12 11:01|インスピレーション
    清々しき朝 



    元来あなたはそこの住民ではない。地上の住民ではない。ある目的の為に今の肉体に宿って地上生活をしているのである。そこでの出来事に一喜一憂する必要はなく、地上生活を終えた時その事を実感するであろう。

     

    地上の生活は比較検証の場であり霊界に行くと地上のように比較の対象となるものが存在しない。地上には両極端なものがあり物事を見る目を養うには絶好の場所なのである。自分が出来事に感情移入して一喜一憂するのではなく冷静に観察して対処すれば良い。

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    霊界の道具になる人間の条件

    2017.10.08 15:53|インスピレーション
    夕焼け1

    自分の名誉を求めない。出世欲、権勢欲、など数々の地上的願望を持つことなく、今の時点で出来る事をする、それが神の摂理に叶う生き方である。

    日常の雑事は煩わしくとも霊的な自分に影響を及ぼすことはない。