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    プロフィール

    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    霊の愛は不変

    2019.02.23 10:12|インスピレーション
    瞑想の岩 2   

    霊界からの愛は不変、人間界の者は自分の都合によってコロコロ変わる。故にお互いを信用する事が出来ない。霊の愛を感じ取れる者はこの変動の多い世に住んでいても流される事が無い。



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    悟れば気付く

    2019.02.19 14:49|インスピレーション
    IMG_0027.jpg 

    自分の身の回りに充満する霊力に気付けば良い。何時どこに居ようとも一人一人の人間は自分に相応した霊力に包まれている。それを知らずに一生を過ごす者が圧倒的に多い。悟れば自然に気付くようになる。


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    人間は一人で生きているのではない

    2019.02.15 09:51|インスピレーション
    寺子屋樹氷

    地上の人間は霊界からの導きに殆ど無反応である。何事も自分一人で進めていると思っている。霊界からの指導がある事を少しも知らない。その指導があるお蔭で問題がその程度で済んでいるのだが全く気付かない。

    逆に導きに応えてくれる者は霊界側としてもやりがいがあり喜びを感じる。少しでもそういう人間を増やさねばならない。人間はこの世で一人で生きているのではない。常に霊界から守られ導かれていることをもっと多くの人に知って欲しい。

    後になって振り返れば

    2019.02.11 10:48|インスピレーション
    岩の顔

    人生においては時々嫌なものを見たり体験しなければならない事がある。また時々は楽しいことを体験する。それらは後で振り返れば見事にバランスが取れていることがわかるだろう。どちらも人間の成長にとっては欠かせないものである。


    旅行の荷物

    2019.02.07 10:10|インスピレーション
    天狗岩 1

    この世ではすべてが満たされた状態には決してならない。病気であったり、その他の何かを持って人はこの世を生きる。それらは旅行の荷物のようなものである。

    個性に合った生き方を

    2019.02.04 09:33|インスピレーション
    クジラ岩 

    人間は一人ひとりの個性に合った生き方をするべき。そうする事においてその人の本領が発揮できる。他の者が自分の型を押し付けることは出来ない。



    教訓を学ぶ為に

    2019.01.31 17:57|インスピレーション
    瞑想の岩 

    地上世界がいかに混乱していようと矛盾に満ちていようとも霊的に目覚めた者は惑わされることはない。それらは一時的な仮の姿であることを知っているから。教訓を学ぶ為に自分は地上世界に来ていることを知っているから。


    人生のさざ波

    2019.01.25 11:47|インスピレーション
    梅の花

    人生のさざ波は人の一生において付き物、元来小さなものであり、いちいち心を奪われてはいけない。放っておけば収まる。それよりも自分の人生の大きな流れを見ていくことが大切である。大きな物差しで物事を見る事だ。


    優先順位を付ける

    2019.01.21 09:39|インスピレーション
    ねこ

    人生は自分にとって最も大切、必要と思われる事をしていくことが大切である。自分にしか出来ないものがあるはず。身の回りのもの、世間との事など数え上げればキリがない程あるがそれらを全部処理するのは不可能である。なので自分で優先順位をつけておけば良い。歳と共に出来る事は減ってくるがそれは自然な事である。人はそれぞれに人生の命題を持ってこの世に来ているのでその使命を果たすことが大切である。


    度が過ぎた几帳面

    2019.01.17 09:31|インスピレーション
    京都風景

    几帳面過ぎる者は色々と細かなところに気を遣い過ぎて病気になり易い。物事を事細かく考えたところで結局は摂理の奔流に身を任せる以外にないのである。人は人生を通じて神の摂理を学ぶのである。



    物質世界にも存在する法則

    2019.01.13 09:40|インスピレーション
    IMG_7174.jpg
                 南禅寺三門


    この世の多くの者は物質の世界の重さに負けて振り回されているが、それらはあくまでも仮のものであり、一時的なものに過ぎない。その物質界のものも法則に従って動いていて決して無秩序なものでは無い。よく見ればその動きがわかるだろう。



    補足
    ここで言う法則とは原因と結果の法則を指しています。何事も原因があるから結果として現われているということです。過去の自分の行為は必ず何らかの結果として現われてきます。それは多くの場合忘れた頃に来るので、何で自分がということになりがちですが、そこには必ず原因があるのです。

    信長公廟(京都本能寺)

    2019.01.09 10:25|体験集
    IMG_7310.jpg


    私は2005年の暮に西国巡礼の際に京都を訪れたことがあったが、去年の暮にふと京都に行きたくなり、その時の記憶を頼りに娘と共に京都に行ってみた。南禅寺、知恩院、高台寺(最近の記事にこれらの写真を掲載)、それから霊山の歴史資料館などを見た翌日に本能寺に寄ってみた。本能寺はその時にも訪れているが、歴史上有名な本能寺の変があった場所には碑があるだけで、その後豊臣秀吉によって現在の場所に移されている。そこには信長公の廟があり家臣たちと共に奉られている。信長公愛用の刀もそこに埋葬されているとのことである。この場所は寺の奥にあって後ろは建物が迫り、スペースも狭く目立たない。観光客も殆ど来ることはなく静かな場所である

     

    その廟の前に立つとかなり強いエネルギーを感じるのでこれは何だろうと思ったがその内容はよくわからない。手の平やつま先の痺れとして感じるので霊的エネルギーには違いない。その時にはどういう意味があるのかわからなかったが帰路のフェリーの中で娘の撮った写真を見るとやはり手の痺れを覚えたのでこれは唯ものではないような感じがした。

    年も明けて昨日ふとパソコンに入れたその写真を見てみたらやはりその時のエネルギーが出ているのでちょっと瞑想してみた。すると数秒後に次のような内容のものがインスピレーションとして感じ取れた。

     

    「人々が無益な争いをしないように、ここにある廟にはそういう願いが込められている。信長公を敬ったり祭り上げたりする為のものではない。人間が殺し合いをしたり、権力闘争をしたりすることを諌めるためにこの廟はある」。

     

    やはり歴史上の遺物にはそれなりの意味がありそれぞれのエネルギーが込められているようである。本能寺の変から400年以上が経過しているが、日本史に大きな足跡を残した織田信長公の遺物やシンボルには強いエネルギーが今もこの地上世界に残っているということかもしれない。尚このメッセージの出所は私の指導霊ではないかと感じている。

     

    先人たちが苦労の末に道を切り開いてくれたから今のあなた達があるのです。

     

    今回の小旅行によってこのシルバーバーチの言葉を実感することが出来た。何事も本を読んだだけでは本当に身に付いたものにはならない。実際に体験をして初めて身に付いたものになると思うのである。

    以下は本能寺へのリンクです。
    織田信長と本能寺

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    肉体のエネルギーが弱まると共に

    2019.01.05 09:51|インスピレーション
     高台寺庭園

    若い頃は血気盛んで肉体から来るエネルギーに支配されているが、中高年になると肉体のエネルギーが弱まり霊的なものが表面に出て来易くなってくる。守護霊の意図するものに近づいてくるので守護霊が導き易くなる。



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    自分の立ち位置を定めて

    2019.01.01 12:41|インスピレーション
    立ち位置を定めて

    自分の立ち位置が定まらない者は霊界からの導きを受けることが出来ない。自分がグラついているようでは波長を合わすことが出来ない。テレビのアンテナが送信所の方を向いていないのと同じである。真理の道を行く者には不動の信念が求められる理由はそこにある。


    両者が交錯する世界

    2018.12.28 10:03|インスピレーション
    南禅寺の鐘

    霊的なものと物質的なものが交錯している状態がこの世の人間の姿。この世で肉体に宿っている間はそういう状態が続くことになる。如何に悟った者と云えども物的なものの影響を受けずにこの世で暮らすことは不可能である。しかし一時的に物質世界の波動から自分を退避させることは可能である。それが瞑想ということになる。

    この世は定まる事のない世界

    2018.12.24 09:33|インスピレーション
    高台寺

    この世の人間は一人一人が別のものに焦点を合わせている。故に千差万別の世界となっている。一人として自分と同じ場所にはいない。あらゆるものが混在するのがこの世の特徴である。そういう世界では常に混乱と対立が起きるがそれは当然の事であり、そういうものに一喜一憂してはならない。正にこの世は定まる事のない世界である。

    霊界に進めば地上の様な混乱は存在しない。似た波動の者同士が集まって暮らすので地上の様な意見の対立は起こらない。


    一筋の光

    2018.12.20 11:50|インスピレーション
    霊山観音 

    この世の人間は常に不安定な状態にある。周囲が絶えず変動しているからである。地球環境も人間社会も定まる事がない。そういう中で一筋の光を見つける事がある。人生のどこかで巡り合うようになっている。その光を見つけたらひたすらそれに付いて行けば良い。

    悩み事が自分を成長させる

    2018.12.16 11:57|インスピレーション
    横手山樹氷林

    色々と問題や悩み事が起きるのがこの世の常であるが、そういうものが一切無かったとしたら人間は堕落してしまう。悩み事が自分を成長させる糧なのである。後で振り返って見れば殆どの悩み事は取るに足りないものであったとわかるだろう。その時は自分が過大に問題を捉え過ぎているのである。

    心から納得できるものを

    2018.12.12 09:23|インスピレーション
    笛吹き童子    

    自分が心から納得できるものを信じれば良い。納得できないものは信じる必要が無い。

    迷った時には自分の内なる声を聞くこと。内なる声とは良心の声、インスピレーションであり、それは問題を解決する方法を示唆してくれる。


    高いものを目指す

    2018.12.08 09:40|インスピレーション
    小瀬の風景

    霊的真理の道を進む者同志の理解度は一人ひとり違い、皆同じではない。仲間同士比較したりする事に意味はない。目標は仲間ではなくもっと高いものでなければならない。


    元の教えはいじらない

    2018.12.04 09:23|インスピレーション
    夕方の重ね岩


    霊界からのどのように高邁な教えも地上の人間を通すと純正なものではなくなる。多くの人間を通すほど純度が低下する。故に元の教えをいじらないほうが良い。人間は一人一人が少なからず偏見を持っているのでそれが混入してくるからである。



    物差しは大きく

    2018.11.30 09:16|インスピレーション
    小瀬の夕焼け 

    動機が純粋で正しければ必ず良きに計らわれる。目先だけ見ていてはわからない。物事は短期的に見ていたら見誤ることになる。普段の自分の物差しを大きく取ることが必要である。


    この世の閉塞感

    2018.11.26 09:46|インスピレーション
    顔

    霊性が目覚めてくるに従いこの世の環境を息苦しく一種の閉塞感を感じるようになるはずである。それは自然な事であり、自分が肉体に閉じ込められ不自由な状態であることがわかるからである。


    生命形態の変換

    2018.11.22 09:59|インスピレーション
    赤と緑のコントラスト 

    人間は50も過ぎれば、それまでの肉体中心の生き方から霊中心(自分の内面中心)の生き方に切り替えるべきである。限りある肉体に生き方の中心を置くべきではない。人もその他の自然界のものも全ては生命形態の変換が行われていることを知らねばならない。

    老齢期に及んで尚、肉体を中心とする生き方をしている者もいずれは気付くことになるが、その切り替えに戸惑い、苦労することになる。霊的覚醒に長い時間を要することになる。

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    悟りのレベルに応じた世界に住む

    2018.11.17 16:20|インスピレーション
    層雲檀

    この世においても人間は一人ひとりが異なった波長の世界に住んでいて違う波動の中で暮らしている。悟りのレベルに応じた世界にいる。同じ道を志す者同志においても同様である。


    地上が7割、霊が3割 

    2018.11.13 16:50|インスピレーション
    岩と紅葉

    地上に居る間は地上の事7割、霊に関する事3割くらいで丁度良い。霊の事3割であってもそれぞれの重みが違うのでそれで充分である。地上の事は時間と労力を要するので大きなエネルギーを必要とするからである。それが地上生活の義務でもあり、その為に人はこの世に生まれてくるのだから。

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    母を偲んで

    2018.11.09 17:30|親族、友人の霊界便り
    紅葉の道

    母がこの世を発って丁度5年になるので家族三人と犬とで母を偲ぶ催しをすることになった。世間一般には法要なのだが、中身を重視して形式に捉われない我が家独特のやり方である。一応仏壇の前で妻と私で読経をして次には妻が詠歌を捧げた。

     

    前回もそうだったが催しを始める前から母が現れた。特にこちらからは何も知らせていないにもかかわらずちゃんと知っていたようである。ちなみに母は最近めっきり姿を見せなくなっていた。母は青っぽい衣服を着ている。続いて叔母が現れた。叔母は白っぽいゆったりした衣服を着ている。二人とも若々しく、とてもにこやかな表情であり、年老いた頃とは別人になっている。こちらの額に霊的エネルギーを感じるのは何時もの事である。

     

    次に叔父が現れたが相変わらず恰幅がよく威厳に満ちている。彼もにこやかで縦じまの背広のようなものを着ているようであった。同時に父も現れたが昨日に面会してメッセージをもらっているので今日は特に伝えたいことは無さそう。そして叔父からは次のメッセージがあった。

     

    「こちらの世のことはお前たちが考えて良いようにすればいい。我々のこちらの世での使命はすでに終わっているから」。

     

    約30分の法要の内で彼ら四人が出現していたのは最初の半分くらいであり、途中から退席したようだ。彼らは長くはこの世に留まる事が出来ないようである。葬儀などで故人が現れることもあるがその場合もせいぜい数分くらいである。地上と波長を合わせるためにはあちらも色々と工夫をしているようだがエネルギーを消耗するので長い時間は無理なのだろう。またこの世の環境はすでに旅立った彼らにとってはあまり愉快なものではないのかもしれない。

     

    ともあれ法要などの席には大体において故人は出現しているのではないかと思う。今回のように当人だけではなく縁のある者がその場に集まってくることも多いのではないだろうか。何も知らないのはこの世の人間だけであろう。また自分自身が読経など声を出すことをしていると霊的波動を捉えることは難しい。私自身を例にとっても読経中に霊が現れることは一度もなかった。現れても読経する事にエネルギーを費やしているので感知することは出来ないだろう。私自身最近は殆ど読経はしなくなったが霊的波動を捉える為には肉体の活動をできるだけ停止させる必要がある。瞑想のことを考えてみればよくわかる。


    人生の付属品

    2018.11.05 07:12|インスピレーション
    こううん亭 

    日常生活上の殆どの悩みは些細なもの。物質世界特有のものであり、底の浅いものであって、死後は消えていく運命にある。それを証拠に一つの事を片付けたらその事は忘れているはず。その程度のものである。故にそういうものはあくまでも付属品、人生の主要なテーマとは別のものなのである。

    人生はこの世で終わるのではない  (父より)

    2018.11.01 16:46|親族、友人の霊界便り
    石門もみじ

    人間は大体においてこの世では思っていた事の半分も出来ないものだ。 殆どの事が未達で終わるかもしれないがそれで良い。 やり残した事はこちらに来てから続きを出来るから。 道は続いているのであり、人生はこの世で終わるのではない。



    自分を生かす道 Ⅱ

    2018.10.29 09:50|インスピレーション
    小豆島富士 

    先の事は一切案ずる必要はない。世の暗いニュースを見聞きして自分が背負い込む必要はない。最終的に全ては神によって裁かれる。故に自分の出来る範囲の事に精進しておれば良い。それが自分を生かす道。