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    大空澄人

    Author:大空澄人
    これまで自分の探求してきたものを 「いのちの波動」 というページ上で表現してきましたがPCのトラブルによりこのページに引き継がれました。一時的にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

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    わからない人々

    2018.05.28 18:05|インスピレーション
    大山桝水原

    肉体に宿っての人生というものは苦しいもの。肉体によって地上世界にがんじがらめに縛り付けられているからである。活動が制限されているが人々はその事がわからない。人が地上を去りこちらの世界に来ることは地上の束縛からの解放なのだが、人々はその実態を知らず、いたずらに悲しみ、地上的視野から空しいセレモニーを繰り返している。内容はともかく一つの区切りとして儀式を行う、今の人間にはそれがふさわしいということになるであろうか。しかし霊的に見ればそれらの事が他界した者の今後に影響を及ぼすことはない。

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    素直であること

    2018.05.24 06:41|インスピレーション
    素直さが真理理解の鍵である。素直な者は導きやすい。屁理屈で自分を固めた者はその対極にある。素直な人間に対すると霊界側も喜びを感じる。それはこの世の人間関係と共通のものがある。霊界の者とて同じ人間であるから。素直な人間は最終的に得をする。曲がった者に比べてはるかに多くの愛を受けることになるからである。

    霊と肉体の関係

    2018.05.21 09:21|インスピレーション
    この世にいる間は肉体と上手に付き合っていかなければならない。心と肉体のバランスが取れていなければ何事も上手くいかない。しかし心(霊)と肉体が別々に活動する場合も時にはある。正しく訓練するとそれが可能になる。ヒーリング等の思念のエネルギーを操る場合がそうである。その場合、肉体は活動を静止して霊が活動をする。しかし普段は霊がきちんと肉体に収まっていなければこの世の務めは叶わない。

    わからない事は謎

    2018.05.17 10:13|インスピレーション
    地上の人間は肉体で周囲の環境を認識している。従ってその範囲の事しか認識できない。生命活動の一部を肉体で感知していて、それ以上の事は感知出来ないので肉体の能力を超えた事は出来ない。つまりわからないことはその時点では謎という事になる。人間はまだまだ謎の中で生きている。

    自分を生かす道

    2018.05.13 09:26|インスピレーション
    つつじ

    自分を最も生かせる場所で自分を生かすこと。人にはそれぞれの天分というものがありそれに気づいたならばそれを生かす道を行けばよい。
    この世にはいくつもの道があるが自分に本当に合ったものはそう多くはない。それらを見分けていくことも自身の修養となる。気の進まぬものは自分に合っていないのである。

    神の庇護の元に 

    2018.05.09 07:10|インスピレーション
    田浦の家 

    この世は荒海、これまで無事に泳ぎ切って来たことを神に感謝すべき。幾多の危険を乗り越えて来た。多くの人に助けられて。時には手を取られて.......。人間一人一人は大いなる神の庇護の元にあることを知るべきである。

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    信用出来ない人たち

    2018.05.05 09:38|親族、友人の霊界便り
    友より 続きのメッセージ


    顔 1




    僕はあれくらいの年でそちらの世の人生を切り上げる事が出来て良かったと思っている。長くそちらの世に生きていてもろくなことは無いからな。人々は互いの悪口を言い合ったりして助け合う気持ちなど微塵もない。皆、本心を隠して一応相手の事を思っているふりをしているだけ。何かあるとどう転ぶか分からないから人を心から信用することが出来ない。

    一方、こちらではお互いの心の中が丸見えだから腹の探り合いをする必要がない。一切余計な気遣いをしなくていいから楽だ。本音で生きられるから良い。早く死ぬことは少しも不幸な事ではなく、本当は逆なのだがそっちの人間にはわからないだろうな。


    追記:「この世の人間を信用してはなりません。彼らは必ず裏切ります。霊は決して裏切ることはありません」。シルバーバーチの霊訓の中に書かれていたと記憶しています。





    この世の卒業生

    2018.05.02 18:20|親族、友人の霊界便り

     夕方、雨が強くならないうちに愛犬を散歩に連れ出し、竹馬の友の家の横を通った。 すると彼からの思念が伝わってきた。

    「僕はそっちの世の卒業生、もうそっちのことには関心が薄れてきた。もう4年以上経つからな。 いつまでもそっちの世界のことを気にしてはいられない。いつまでも気にしているのは余程の変わり者だ。 普通はしばらくすればもう二度とそっちの世界に帰りたいとは思わなくなるものだ。少なくとも一生懸命生きた者はそう思うだろう。

    一生懸命生きれば思い残すことなどないはずだから。そうでない者が色々と思い残すことがあるんじゃないかな。 そんなこといつまでも考えていてもしようがないんだけどな。 どっちの世にいても今を精一杯生きればそれで良いんじゃないか」。

    これはつい先ほどの出来事であったが、私は普段夕方の散歩ではそのコースを歩くことはない。 家に帰り着くと雨が本降りになってきた。



    浮き輪 

    写真は散歩道にある昔ヨットで使っていたライフブイ。今は竹藪の中で雨に打たれている。

    神の子

    2018.04.29 07:08|インスピレーション

    miya.jpg 


    人は人生をさ迷いながらどこかで真理に遭遇する。その時期は人それぞれであり、元来人間に備わっている神の一分子がそうさせるのである。それが人たる所以、人は神の子であるから。

    家事は忍耐力を養う

    2018.04.25 07:08|インスピレーション

     伊勢神宮大杉



    家事などの単調な仕事を毎日繰り返すことの意味は忍耐力を身に付けることにある。何を成すにも忍耐力が必要であり、それが欠けていると成し遂げることが出来ない。この世で家事など物質の世話をしなければならない事の意味はそこにある。

    受け身でなければいけない理由 

    2018.04.21 08:58|インスピレーション
    池田港と国民宿舎

    霊界の道具になる地上の人間が受け身でなければならない理由は、地上人の自分の考えが入ると正しい判断が出来ないからである。地上の人間の判断にはどうしても肉体を持つことによって様々な煩悩が入って来る。その結果間違いを起こし易くなるので、自分の我を入れる事なく霊界側の意志を正しく受け取れる人間が霊界の道具となるにふさわしい。




    自分の為すべきことを為す

    2018.04.17 10:07|インスピレーション
    西の滝弘法大師


    世の中がどうであろうと、世の人々が如何にあろうと自分の為すべきことを為せばよい。真理を悟った者は環境によって左右されることはなく落胆することがない。何故なら常に霊界の援助を受けていることを知っているからである。


    最善の道

    2018.04.13 07:18|インスピレーション
    鳶岬

    自分がその時良しと思ってした事を後悔する必要はない。人間はその時最善と思ったことを実行すれば良く、それ以外に方法は無い。後はそれに伴う様々な問題を一つずつ解決して行けば良い。それだけの事である。それが最善の道なのである。


    魂の糸  

    2018.04.09 09:31|インスピレーション
    西の滝本堂

    霊的真理の道を進むとある時期から守られていることを実感するようになる。それはそれまでの努力が花開いたもの。自分の霊性が高いレベルのものと共鳴するようになった事を意味する。魂の糸で結ばれ高い界層の者の配下に置かれるようになり、斥力が働いてこの世の汚れたものが近づかなくなる。怖れや不安に襲われる事もなくなる。




    西の滝本堂下 


    守護霊と共に

    2018.04.04 09:49|インスピレーション
    城山への道


    この世で一生を過ごす事は元来修業であり楽なものではない。しかし常に見守られ導かれているので様々な難題をクリアーしてくることが出来ている。人間は決して一人でこの世を生きているのではない。常に守護霊と共に進んでいる。


    西の滝白衣観音  

    この世のもの全てははかない運命にある

    2018.03.31 10:24|インスピレーション
    IMG_0029.jpg 

    人間50も過ぎれば次の事を知るべし。

    自分はこの世(物質の世界)で自我を表現している存在であり、本体は霊魂である。
    自分の肉体は無論の事、身の回りのもの全てははかない運命にある。
    必ずそれらを手放さなければならない時が来るのであるから、執着してはならない。

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    目覚めた者の義務 

    2018.03.27 09:28|インスピレーション


    霊的に目覚めた者はそれを自分だけのものにしていてはいけない。未だ眠れる者を導いていく義務が生じる。それが自然界のルールである。霊的に目覚めた者は人間界の先駆けであり、道標である。


    霊性心

    2018.03.23 09:46|真理を求めて
    IMG_0015.jpg 

    霊性心が表面に出て来るようになると自分の身の回りの事もそれに沿うようになってくるようです。不思議な事に嫌な事が減ってきます。自分の出す霊的エネルギーが周囲に影響すると共に霊達から守られ導かれるようになるからでしょう。逆に肉体的欲望が表面に出て来ると争い事に巻き込まれたり、身の回りに嫌な事が増えてくるのを実感します。それらを一言で表現するなら摂理の働きと言っていいのかもしれません。

    霊性心が自分を支配するようになれば自然に小欲知足の生き方をするようになるでしょう。肉体的煩悩に支配されて生きれば餓鬼の世界。霊性心、良心の声に従って生きれば仏の世界となるでしょう。落ち着き、静寂、これらは霊性心が表現するもので言葉で説明するのは難しい世界です。

    自由意思と未来予測

    2018.03.19 09:44|人間は永遠に生きる
    フェリー

    人間には自由意志が許されているのでその人の未来を的確に当てるのは極めて難しいことです。人生を構成する要素は多く、それらが複雑に絡み合ってくる事に加えて自由意志の問題が入ってくるからです。そして全てを統括している神の法則があり、その範囲の中で人生が展開して行きます。人生においては必ず右か左かを選択しなければならない場面があり、その時に発動されるのが自分の自由意志です。本人の性格やこれまでの経験で大体この人間ならばこちらを選ぶであろうという事は当事者と身近な関係にある人は、ある程度予測できるかもしれません。未来予測は霊界の高級霊においても誰にでも出来るわけではなく、そういう事の得意な霊がいるとシルバーバーチは本の中で語っています。あらゆる要素を入力して原因とそれに伴う結果を分析していくのだそうです。同じようにして国家や地球の未来も予測するのでしょう。霊界の上層部においては地球の明るい未来が見えているようです。いずれは地上天国が達成される事になる。しかし人類はそこに行きつくまでには幾多の生みの苦しみを味わうことになるでしょうとシルバーバーチは語っています。人類は今も尚、悪因を作り続けていて将来は必ずその結果に向かい合わねばなりません。登ったり落ちたりしながら僅かずつ地上天国建設に向かって進んで行っているのでしょう。1000年もすればかなり状況は改善されていることでしょう。もちろん私たちは再生しない限りこの世にはいません。我々がこの地上世界で人生を過ごすのは僅かの間です。

    「この世を旅する旅人であれ、この世の住民となるなかれ」。

    とイエスキリストは語ったとのことです。その意味はこの汚れた世に生活していても汚れに染まってはならないということです。我々は時空を旅する旅人であり、一時的にこの地球上にトレーニングに来ているのです。あくまでもこの世は仮の棲家なのです。家も土地も財産も社会的地位も本当は自分のものではありません。一時的に借りているだけです。やがてはそれらのものは全て返してこの世で学んだものを携えて故郷である霊界に帰っていくのです。

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    この世の生活の特徴

    2018.03.14 09:27|人間は永遠に生きる
    パラボラアンテナ

    私たちが住んでいるこの地上世界も霊界の一部であり、神によって創造されたものですが、霊界との違いは物質を伴った世界であるということです。霊界は非物質の世界、この世は物質の世界ということが出来ます。この地上世界は人間の本来の棲家である霊界に進む為の基礎学習の場として存在しています。この世界の特徴はあらゆるレベルの者が同じ場所で生活していることです。霊的成長度が一人ひとり違い、考え方が違うので、色々な軋轢が起きてきます。混乱の国際情勢を見れば一目瞭然でしょう。家族においてさえも一人一人が違うので様々な問題が起きます。

    対して霊界では同じ霊的成長レベルの者が集まって生活するので意見の対立が無く、地上のような争いごとは起きません。物質の壁が無くなれば磁力が働き自然に同質の者が集まるようになります。趣味も同じ、気の合う者に囲まれて生活するというわけです。物質の壁に囲まれているとそういうことにはなりません。第一、我々の意識は肉体に閉じ込められ行動範囲が制限されていて、この状態をシルバーバーチは「肉体の牢獄」と呼んでいます。肉体を通して見るとごく狭い範囲のことしか見えないので色々と間違いを起こしやすくなります。先の事も見通せません。そこで一人ひとりには守護霊が付いて見えないところから指導をするのです。守護霊は霊界における自分の霊の家族の仲間であり霊的成長度はほぼ同じですが肉体に宿って鈍重になっているこの世の私達に比べて霊的視野が広く、先の事もかなり見通すことが出来ます。私たちは実際には守護霊の見えない手に引かれるようにしてこの世の人生を歩んでいるのです。何故そのような地上世界が存在しているのか、それには次のような理由があります。地上には常に善と悪、陰と陽が存在し、その両極性の中で善とは何か、悪とは何かを身を持って学ぶことが出来るからです。悪が無ければ善とは何かがわかりません。霊界に行くと同質の者が集まるのでそういう比較対象の場がありません。そこで学び足りなかったものを習得する為に再びこの世に戻って来るというわけです。参考までにシルバーバーチの霊訓によれば地球はまだ若くて全宇宙でビリから2番目に進化の遅れた天体だそうです。また全ての天体には固有の生命系があり、それぞれに人間に相当する者が住んでいるとの事ですが、波長が違うので地球人には認識出来ないのだそうです。認識出来たとしてもその容姿は我々には想像しがたいものでしょう。それが宇宙人ということになると思いますが、地球生命系の住民である私たちの生活には直接の関係はありません。それぞれの天体の生命系に個別の霊界があり、それらは互いに繋がっているようです。その全てが神の創造した世界であり、神とは何か、私達に理解できるのはその小さな片鱗に過ぎません。


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    終末期医療と看取り

    2018.03.10 09:34|人間は永遠に生きる
    六地蔵

    最近、終末期医療の事が話題に上ってくるようになりました。それは自然の流れでしょう。少しずつではあるけれど世の中が生命の実相に目覚めつつあるのかもしれません。あくまでも少しずつですが。

    テレビで看取りや終末期医療のことを取り上げた番組を見ると殆ど医者か僧侶が登場しています。医学関係者はお迎え現象において先祖や親が迎えに来るという話を脳内の酸欠状態がそういう現象を生んでいると結論付けようとする傾向があります。また僧侶など宗教関係者は死にゆく人に対して神仏の加護を説いているようです。それらを見ると彼らは死後の世界に対する確信を持っていないということがわかります。自分が確信していないものを相手に信じてもらうことは出来ません。結局は当人の気を紛らわせるくらいの事しか出来ません。悪く言えばごまかしですが、彼らが一生懸命になっている姿は理解できます。患者さんにもその真心は伝わっていると思います。ピントがずれていても真心は愛の表現ですからそれはそれで意味のある事でしょう。現状においてはそれが限界なのかもしれません。テレビなどは登場人物を選ぶ際にはまず肩書を優先します。霊的な視点で見れば肩書はこの世での仮の姿であり、実在のものではないのです。看取りや終末期医療においては特に霊的な視点が必要であり、物的な視点から導き出される答えは的外れなものになってしまいます。例えば僧侶は人工的な宗教の教義と慣習の中で生きている人が殆どであり、霊の世界に通じている訳ではありません。また医者は現世の視点で人間を肉体として見ている人が殆どであり、霊の実在や死後の世界の事には思いが至りません。私自身がかつては医療畑の人間であったのでよくわかるのです。そういう人たちに魂の導きや霊界への橋渡しは無理な事なのです。当人達もはっきりと道を示してあげられない自分に対してジレンマを感じている事でしょう。テレビでそういう番組を見たり、終末期医療や看取りを取り上げた新聞や雑誌の記事を見るにつけ、もどかしさを感じているのは私だけではないでしょう。きちんと死後にも人生が続いていることを説明してあげられないのは悲しい事です。

    現状では霊的真理に目覚めている人はまだ少数であり、世の中では陰の存在ですが、いつかは霊的真理に通じている人間に日の当たる時代が来ることでしょう。いわゆるスピリチュアリスト(呼び名はどうでもいいことで問題はその人間の中身)と言われる人たちにメディアから依頼が来るようになった暁には世の中の理解も進んでいることでしょう。


    病気とヒーリング

    2018.03.06 09:43|人間は永遠に生きる
    窓から樹氷を

    人間は心身の調和が取れた状態では病気になりません。何かの原因によって不調和が起きると心や身体の故障、つまり病気が発生することになります。人間の体は精密機械であり、少々のストレスを受けても恒常性が保たれるようになっています。その限界を超えた時に壊れる、つまり病気が発生します。自分の体に異変が起きた時は日頃の生活において何らかの無理があると考えるべきでしょう。その不調和な状態を修正すれば自然治癒力が働いて病気が治ることになります。あるいは医療機関で治療を受けることによって病気は治癒に向かいますが、不調和な状態が改善されない限り再発することになります。病気治癒には最終的に自分の自然治癒力が働くわけですから自助努力が何より大切ということになります。医療はそれに導くための補助手段と考えるべきでしょう。

    近年ヒーリングと言う言葉がよく聞かれるようになっていると思います。現代医学に見放された人の病気がヒーリングによって治ることがあります。ここではその概略やメカニズムをお話ししたいと思います。人の霊体や肉体には元来、病的状態を修正するエネルギーが秘められています。ヒーラー自身の霊的、肉体的エネルギーによって病人を癒すことが出来ます。これがサイキックなヒーリングでレイキがそれに相当します。

    一方、ヒーラーを通路として霊界から治療エネルギーが患者に注がれるものがあり、これをスピリットヒーリングと言います。ヒーラーは霊界からの治療エネルギーの導入路となります。ヒーラーが霊力の呼び水になるわけです。霊界には地上時代に医療の仕事をしていた人のグループがあり(霊医の集団)、霊的事情に通じた地上のヒーラーを通して地上の人間の病気を治すという大きな事業が行われています。地上時代に医者や看護師等をやっていた人達の中で霊界に進んでからも尚、地上の病気に苦しむ人たちを助けたいという情熱を持ち続けている集団が存在するのです。常に試行錯誤を繰り返し、新しい治療エネルギーの開発が行われているようです。

    スピリットヒーリングの最終目標は病気を治すことを通じて当人の霊的覚醒を目指しています。病気が治っても霊的覚醒に結びつかなかった場合、治療は失敗したと見なされます。霊界では地上人の霊的覚醒を最優先しているということです。霊医の扱う治療エネルギーは生命エネルギーであり、地上の概念では理解出来ないものです。それを直接注入しようとすると波長が違うので患者は受け入れることが出来ません。そこでそれを両者の波長を調整して繋ぐコンデンサーの役割をする者が必要になります。それが地上のヒーラーなのです。その仕事をこなすには霊能力と共に、あるレベルまで霊的覚醒し、我を捨てて自分をそれに捧げるような気持ちになれる人間であることが必要です。

     

    サイキックヒーリングとスピリットヒーリングの違い

    サイキックなものは自身の霊体や肉体の能力とエネルギーを使うので限界があります。一方スピリットが介在すると霊界からはるかに高度で強力なエネルギーが患者に注入されることになります。両者の内容には決定的な違いがあることになります。

     

    直接ヒーリングと遠隔ヒーリング

    直接ヒーリングは患者がヒーラーを訪れて、あるいはヒーラーが患者のところに出向いて、直に手を当ててヒーリングのエネルギーを注入します。一方、遠隔ヒーリングは遠方にいる患者に対してテレパシー回路を通してエネルギーを送る方法です。この方法では患者がどこにいようと関係がありません。地球の裏側にいようが監獄に閉じ込められていようが届きます。要するに物質の壁がないのです。また相手が就寝中であっても関係ありません。エネルギーは相手の霊体に注入されるのでむしろ寝ていた方が余計な精神的な緊張状態を生まないので良いくらいです。遠隔ヒーリングでは霊界からの治療エネルギーがヒーラーの霊体を通して患者の霊体に注入され、それが肉体へと移動して行きます。遠方にいる人に遠隔ヒーリングをやってみると相手が敏感な人であればそのエネルギーを感じ取ることが出来ます。癒しや幸せを感じる、体が暖かくなる、手の平がビリビリするなどの感覚が一般的です。霊的エネルギーは痺れとして感じる人が多いようです。こちら(ヒーラー)が遠隔ヒーリングの時に感じた感触と患者側が感じ取ったものを比較してみるとほぼ一致しています。直接、遠隔はサイキックなものでも出来ますがその内容には前述したように大きな違いがあるということになります。また動物にヒーリングするのであればサイキックなもので十分でしょう。

    病人の中には前世からのカルマによって病気が発生している場合があり、その場合はカルマが解けるまではどんなことをしても治りません。スピリットヒーリングをしても効果が上がりません。カルマが解ける時期が来れば病気は治癒に向かいますが、カルマが絡んでいる場合は先天的な障害など、かなり重い症状として現れるようです。患者は今生で病気になって前世の償いをすることを承知の上で生まれて来ますが、この世に生れ出たらそのことは忘れているのです。

    テレパシーは霊界の意志交換の手段ですがこの世の人間も無意識のうちに出しています。しかし相手に感受性が無い限り受け取ることが出来ません。地上の人間は出すことは出来ますが(本人はそのことに気付いていない)ごく一部の者を除いて受信することが出来ません。もともと人類はテレパシーなどの霊能力を持っていたのですが機械文明が進むにつれて退化してしまったのです。野生の動物は今でもテレパシーによって意志交換しています。昔から言われてきた「虫の知らせ」は、霊界の誰かがある人の死やその他、将来に起きるであろう出来事をテレパシーで知らせてきたということです。遠隔ヒーリングはそのテレパシー回路を利用して治療のエネルギーが届けられるというわけです。またサイキックヒーリングはヒーラー自身がエネルギーを消耗するのに対して、スピリットヒーリングではエネルギーは霊医から貰うのでヒーラー自身、疲れるということがありません。むしろ治療エネルギーが自分を通過して行くので元気になります。このようにスピリットヒーリングは霊界の人類救済運動の一つの柱になっているようです。ヒーラーは利他の精神を持ち、霊界の良き道具になれるように自らを律していかねばなりません。



    死刑制度と地縛霊

    2018.03.02 09:22|人間は永遠に生きる

    横手山 樹氷 


    新聞の報道によるとオーム真理教による事件の当事者たちの死刑が確定したとのことです。あの事件から20年以上が経ちました。世間はオーム事件に限らず凶悪犯を死刑にすれば問題は解決すると考えていないでしょうか。霊的事実から見るとそれは犯人の居場所を移しただけなのです。死刑になる者の多くは一段の恨みを持って肉体を離れた後は地縛霊(死んだことがわからない霊、もしくは不成仏霊)となります。死刑は強制的に肉体を霊から切り離すだけであり、その人間の居場所を変えるだけなのです。彼らは幽界の最下層(この世と重なっている)にいて自分が死刑にされた恨みを晴らそうとこの世をうろつき、憑依しやすい人間を探します。似たような思考を持っている人間に接近していきます。波長の合う者同志は無意識のうちに引き合うようになり、これにも天地自然の法則が働くのです。磁力のようなものが働くと考えていいでしょう。世の中には自分の努力を棚に上げて世を恨んでいる、ひねくれ者がいます。彼らが格好のターゲットになるというわけです。憑依まで行かなくても次第にその思想がその人間に影響してきます。そしてやがては死刑にされた人物と同じような事件を起こす事になるのです。もしくは恨みが増幅した分、一層凶悪な事をやってしまうのです。その手の事件が新聞紙上を賑わしています。今回のこの事件の犯人の背後には以前のあの事件の時の?
    ….と感じさせられることがよくあります。

    凶悪犯は死刑にするのではなく、改心するまで辛抱強く説得することが必要です。死刑にすればまた新たな事件が起きるだけです。国も識者も霊的視点を持っていないのでこのままでは解決策が見いだせないでしょう。霊の世界の事に通じた人間がそういう場に呼ばれることはなく、世の人々はまだまだ目が塞がった状態です。

    去年末に東京のある神社で、かつては神職にあった人間が起こした殺人事件が世間を驚かせました。これも前述の地縛霊の影を感じずにはいられません。誰かを恨んでいたらその恨みが次第に募ってくるような場合、地縛霊の影響を受けているかもしれないので要注意です。それほど今は地縛霊が暗躍しています。国際情勢においても地縛霊の影響を受けている事を感じさせられる国の指導者達がいます。そこにまで地縛霊の影響が及んできているのです。これも物質の目で見ている限りわからないでしょう。但し、それぞれの国家においてはその国を守護する霊団が付いているので、そのうちにその影響力も現れてくることでしょう。国家のする事にも神の摂理が働きます。その国がこれまでに積み重ねたカルマというものもあり、様々な要素が絡み合って将来の結果を生む事になるのでしょう。



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    自殺

    2018.02.26 10:59|人間は永遠に生きる

    善光寺 仏 1 

    近頃特に若い人の自殺の記事を目にするようになりました。一言で言って自殺は勝手に自分の人生を切り上げてしまうことなので神の摂理に反する行為になります。生まれる前にはこの世での年限を決めてきているにもかかわらず契約違反ということになるのです。当然その償いをしなければなりません。摂理違反は自殺を含め、償いという形で責任を取らされます。但し自殺には様々な事情があり、地縛霊(地上をさ迷う不成仏霊)にそそのかされたり、他の誰かを助けるためにやむを得なかったような場合などは情状酌量があります。自殺者は一人で暗黒の境遇に長い間閉じ込められるという話を聞いたことがあると思いますが、自分の心がそういう状態を作っているのです。地上世界を離れると、原則的に自分の思念が作る世界になるのでそういう事が起きるのです。

    自殺者の典型的なパターンは死んだはずなのに、まだ生きている自分に気が付きます。そこで自殺に失敗したと勘違いして自殺願望を持つ者に近づいて憑依し、自殺に追い込むのです。もう死にたい等という思いを持ち続けるとそそのかされて実際にやってしまうのです。人の思念はこの世とあの世の境なしに自由に飛び交い、同じ思いを持つ者同士が引き合います。私たちの周囲には無数の思念が飛び交っているのですが人々は何も知りません。自殺願望は殆どが苦しみからの逃避であり、死ねば解放されると考え違いをしているのですが、自殺すれば一段の苦しみを味わうことになってしまうのです。人間は苦しい状況を我慢していれば、いつかは切り抜けることが出来ます。何故なら人は自分の背負い切れないような荷物を背負わされることはないからです。それが神の摂理なのです。それから残された者が後追い自殺することがありますがこれをやると両者は二度と会えなくなります。互いの境遇に閉じ込められてしまうからですがこれは絶対にやってはいけません。自殺者も償いの時期を終えれば霊的向上の道に復帰します。償いの期間はそのケースに応じたものであり、またあちらには更生施設もあるようで、そういう者の面倒を見てくれるのです。人間は落ちても決して這い上がれないことはなく、それが神の大愛なのです。



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    再生(生まれ変わり)

    2018.02.22 16:11|人間は永遠に生きる

    樹氷 3


    年が明けてから、私は「人間は永遠に生きる」の続編を編集して小冊子にしてみました。題は「続人間は永遠に生きる」です。理想的には霊的真理を系統的に学ぶのが良いと思いますが、本格的に真理を学ぶきっかけとして役立ててくれたらとの思いで書いてみました。冊子に書いたものを項目毎に7回に分けてこのページに載せて行きたいと思います。




    前書き

    前回、「人間は永遠に生きる」を作成しましたが、最近の世相などを鑑みて新しいものを付加する必要を感じたので続編を書いてみました。一段と短く短時間に読んで頂ける事と思います。時間に追われる人には長いものはなかなか読んで貰えません。例え断片的にではあっても知識を持っていたら人生を生きる上のどこかで役に立つものです。通勤電車の中でも、ちょっとした休み時間の時にでもこの冊子を開いて頂けたら嬉しいです。尚、霊的真理関連の情報は「続いのちの波動」いうブログをネット上に公開していますので興味のある方はご一読下さい。   

     

    目次

    1. 再生(生まれ変わり)

    2. 自殺

    3. 死刑制度と地縛霊

    4. 病気とヒーリング

    5. 終末期医療と看取り

    6. この世の生活の特徴

    7. 自由意志と未来予測

     

     

    1. 再生(生まれ変わり)

    生まれ変わりは心霊用語で再生と呼ばれていますが実際にあることです。昔から仏教では六道の輪廻と言って悪い事をした者は畜生として生まれ変わるという話がありますがこれは真実ではありません。人間はやはり人間として再生します。私達の半分くらいは何度か再生して地球上のどこかの国で人生を過ごしたことがあるはずです。残りは初めて人間として誕生する新しい魂ということになるでしょう。人が再生する目的には大体二つの理由があります。一つはこの世で揉まれて自分の欠点を修正すること(成長すること)、もう一つは自分のカルマの清算(償い)です。それ以外に特殊な任務を持ってこの地上世界に来る場合がありますがそれは少数であり、イエスキリストがその代表的なケースでしょう。カルマの事は旧版の16番「何故苦しみがあるのか」でも言及されていて重複する部分があるかもしれませんが再生を考えるに当たり、とても重要なポイントです。誰の人生においてもカルマの清算が計画に組み込まれているはずで、人生のどこかで苦しい体験をしてカルマを清算するように計画されているのです。カルマをそのままにしておくと霊界での自分の霊的成長の足かせになるので、どこかの時点で地上に再生してカルマを清算しようとすることになるのです。そういう意味からも地上人生は苦しい事が多いのは当然のことかもしれません。自分で覚悟の上で地上世界に来るのですが、一旦母親の胎内に宿った後にはそのことはすっかり忘れているのです。神の配慮によって忘れさせられていると言った方がいいかもしれませんが、稀に前世の記憶を持ったまま生まれてくる子供もいます。それも成長するに従って前世の事は記憶に上って来なくなります。中には母親の胎内に宿って出産の時期が近付くと地上生活に怖気づいて逃げ出す霊がいます。当然、霊が離れた胎児は死んでしまいますがこれが流産ということになります。霊的にはそういう背景があるのです。

    再生とは同じ人格を持った者がベルトコンベアー式に地上に現れるのではありません。現在、肉体に宿っている霊は私達の本体の霊の一部に過ぎないのです。次に再生する時には本体の霊の今とは別の部分が別の肉体に宿ります。私たちの本体の霊は潜在意識として存在しているので過去生のことも全て記憶していますが、肉体にはその一部しか宿る事が出来ないのです。今、自分として意識している自分は大きな自分の一部に過ぎないというわけです。氷山をイメージしてもらえばいいかもしれません。水面上に顔を出している部分がこの世での自分、水面下に隠れている大きな部分(潜在意識)が自分の本体ということになります。私たちは小さな意識(顕在意識)でこの世で生活しているので本来のパフォーマンスが発揮できないのです。自分の人生を見通すことが出来ず、目隠しをされてこの世を右往左往しているようなものかもしれません。

    あなたの過去生は歴史上の有名な人物であった等という話がよく出て来るようですが作り話に過ぎません。人間には過去生のことはわからないようになっていますが、それは神の配慮であり、わからない方が都合がいいのです。過去生の自分と今の自分はどこかに共通点はあるかもしれませんが当人同士が出会ったとしても気づくことはないでしょう。別人と言っていいと思います。生みの親から引き継いだ肉体的要素やその後の生活環境などがそれぞれ独自の人格を形成して行きます。一人の人間には実に複雑な要素が絡み合っているのです。



    神の定めた法則の中に 

    2018.02.21 11:13|インスピレーション
    サンバレー2

    この世には実に多くの混乱があるが一部の動きを見て全体を判断しないように。一部に捉われると判断を誤り易く迷いの道へと入ることになる。一部の動きはやがては収まり全体の流れの中に入る。神の定めた法則の中に収まる。

    自分の故郷を出て  

    2018.02.17 11:52|インスピレーション
    観音様

    肉体の感覚から脱することが出来たらそこは霊の世界。本当の自分の故郷。今は少しの間だけ肉体を借りて地上世界を旅している。故郷は清々しく汚れのない世界。

     

    しかし故郷を出て一旦この世に来ると人間は間違いを起こし易い。見えないから間違い易い。見通すことが出来たら間違えない。困難な状況において自分を鍛えることが必要だから人はこの世に来る。皆、自ら望んでこの世に来ている。その事を忘れてはならない。

    この世は雑念の海

    2018.02.12 11:56|インスピレーション

    観音 2

    この世は雑念の海、色々な所から人の念が飛んでくる。その環境にいる以上その影響を受けずにはいられない。そういう中でも定期的に自分に宿っている本当の自分(霊的な自分)を呼び起こせば客観的に物事を判断することが可能になり、そういうものに振り回されることはなくなる。

    ある歌手の話

    2018.02.08 10:25|日々の暮らしの中で

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    地上世界においては様々な制限があって自分が心から歌いたい歌は歌えません。霊界では自分が本当に歌いたい歌を歌うことが出来ます。霊界は皆の思いが同じで調和している世界なので異を唱える者がいません。歌手も自分が本当に歌いたい歌を歌えるのは霊界に来てからになります。


    補足
    様々な制限とは一人ひとりが皆違う考えを持っているからであり、それが地上世界の特徴です。その為、自分の望み通りにはなりません。これは歌手に限らずあらゆる分野において言えることでしょう。これは去年の6月に感得したもので、4月に他界されたある歌手の人から伝わって来たメッセージです。私はこの人の歌が大好きでした。以前、バイクで四国遍路を回った時に高知県で太平洋岸の道を走りながら一人で口ずさんでいたものです。インターネットでこの人のお別れ会の写真が出ました。それをじっと見ていたら聞こえてきたのが上のメッセージでした。聞こえてきたと言っても五感の聴覚からではありません。今はこの世の束縛から自由になって存分に自分の才能を発揮しておられることでしょう。

    低級な思念の渦巻く世界 

    2018.02.04 10:17|インスピレーション
    滝 2

    全体として見れば地上は低級な思念が渦巻く世界となっている。物質とそれに関わる人の煩悩が洗濯機のように渦を巻いている。地上に身を置いてもその中に巻き込まれてはいけない。常に聖なるもの、高いものを見ながら進まなければいけない。

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